新国立劇場トリスタン初日

昨夜の「トリスタン」の感想です。
演出は、きれいなセットで良かったです。絵画の一場面のような感じにしていましたが、これは静止的なイメージの「トリスタン」のコンセプトに良く合っていると思います。主役2人の描き方については「こういうことかな?」という感想がありますが、年明けも公演があるので、自分の中でももう少し考えてみてから書きたいと思います。
なので以下あまりネタバレ的なことは書かないつもりですが、全くないわけでもないのでご注意ください。
演出で一つ面白かったのは、(これは観ればすぐわかると思うので書きますが)、イゾルデ(イレーネ・テオリン)とブランゲーネ(エレナ・ツェトコーワ)がまるで母娘みたいですね。ツェトコーワさんの衣裳、お下げ髪、声と全てがそうさせているのですが、これはわりと良かったですね。彼女は歌も良くて(この役は他の主役を歌える人でないとだめ)、テオリンさんとは全く違う声なのですが、とりわけ第1幕でイゾルデが「モノローグ」を絶叫で締めくくった後の若干長い歌が素晴らしかった。本来ここ以降は彼女がイゾルデをなだめる場面のはずが、逆にイゾルデになだめられていることからもわかるように、イゾルデは「大人」というか「マダム」な感じです。
そのイゾルデのテオリンさんですが、ややムラがあるように感じたものの演技も含めて良かったと思います。彼女は舞台の後ろのほうに行って立っていると存在感があって舞台映えします。中でもとりわけ良かったのは、第3幕のトリスタンが死んだ後のモノローグで、ここはうなるぐらいに素晴らしかった。これは、バイロイトのDVDでも良いので期待していたのですが、やはり実演で聴くと素晴らしいです。これが今回のイチ押しで、ここを聴いただけでも価値がありました。3月のブリュンヒルデでもそうでしたが、テオリンさんは記憶に残る歌唱をどこかで必ずやる人なので、得難い人だと思います。一方「愛の死」は私のイメージとはちょっと違うのですが、これは生で聴けるだけでいいかなという感じです。
さて、トリスタンですが、グールド氏は安定感のある歌唱です。スタミナ豊富で難役を楽々とこなしている感じなので安心感はあるのですが、逆に有り難みがないんですかね?(笑)2008バイロイトのCDなどでジークフリートの歌唱は聴いていたのですが、ライブで接してみると、テナーとしては声が重く、何となく琴線に触れてこないような所があるのかも知れません。真面目で朴訥な感じなので、どこかにもう少し華みたいなものがあるといいのかも?演出上もあまり目立たせないので、よけいにそう感じさせました。ただ第1幕からずっと安定感があって、まったく心配ないところはとても良く、第2幕の2重唱から最後に「夜の国」を歌う所など歌そのものは良かったと思います。
この主役級3人に比べると、それ以外の役の人はやや不満が残りました。マルケ王(ギド・イェンテンス)もクルヴェナール(ユッカ・ラジライネン)も、もっと良くなりそうな感じ。クルヴェナールは演出のせいもあるのだろうか?もっと歌える人だと思うのですが・・・。(第1幕で千鳥足で出て来るのですが、これは『女狐』DVDの森番を思い出してしまった。)
ただ羊飼いの望月哲也さんは良かったです。短いセリフしかないですが、別れ際に歌うセリフÖd und leer das Meer!(拙訳「さみしくって、がらあんとした海だ!」)は、この場の雰囲気を規定しているので大事です。『アラベラ』のエレメル伯爵も良かったですが、望月さんはとても良いです。また、幕開けの水夫の吉田浩之さんも良かったです。(これ、無調っぽい音程の歌なので、思いっきり外す場合があります。昔は録音しか聴けなかったので気付かなかったのですが、ネトラジで海外の演奏を聴いていると、ウィーン国立歌劇場ですら思いっきり外していたりする。)もう一人脇役で「舵取り」(成田博之さん)がいますが、これはほんとに4行だけの短い歌なので「このためだけにお疲れ様です・・・」と思いました。(まるで30分だけ人に会うために休日出勤するような感じです)メロート(星野淳さん)は無難な感じか。
あとは第1幕の男性合唱。思うに、ここの合唱はいつもうまいです。これもちょっとだけの出番なのですが、うまくないと興醒めなので。こう書いてみると、ワーグナーは簡素な作品を作ろうとしたはずなのですが、曲自体もそうですが、結果的にぜいたくなキャスティングをしてしまっているような気が・・・。
最後に、大野和士氏の指揮とオケ(東京フィル)について。音楽は良かったと思います。とりわけ、白眉とも言える第2幕の愛の二重唱からマルケ王登場までの所を聴かせてくれていました。「ブランゲーネの歌」も良かったし、その後の室内楽風の箇所も良かったです。大野さんは大上段に構えない職人風の人なので私は好感ですが、曲が曲なので、あえて言うならもっと色気があってもいいかも知れません。これは、オケの個別的な話かも知れないのですが、弦楽器のソロなんかがもっと魅力的に歌ってくれると陶酔度が高まるかと。あと、もう一つ難を言うと、第1幕や第2幕の幕切れでオケが少し乱れ気味でした。ここはやはりピシッと決めてくれると、演出が良いので、もっといい余韻になると思います。おそらく大野氏の意図と演奏がちょっとずれているので、ここは年明けの公演で改善されることに期待です。
今年は演出で「そうかなあ?」と考えることが多かったのですが、今回のマクヴィカー演出は、個人的にはけっこう好みです。あるいは「象徴的」なのが私の趣味というだけなのかも知れませんが・・・。もともと「トリスタン」はそういう演出が多いと思いますが、この演出は要所要所で工夫がありました。けっこう後を引く余韻があります。いろいろ気が付いたことはあるのですが、これは年明け以降に機会があれば書こうと思います。