「びわ湖トリスタン」視聴記

 突発事態でライブを聴きに行けなかった10月の「びわ湖ホール」の「トリスタンとイゾルデ」を12月3日のNHK教育の録画放送で見たので、その感想です。
 録音で聴く限り、オケはとても良いと思います。指揮の沼尻氏の音楽づくりは非常に丁寧で、ツボを押さえている感じ。このオケ(大阪センチュリー響)は、特に弦楽器が艶やかな良い音を出していると思います。とりわけソロが良く、第1幕のイゾルデが「剣を取り落してしまった」と語る部分のソロが官能的で、イゾルデ役の小山由美さんの歌と相まって非常に聴けました。この調子で行くと「ブランゲーネの歌」の部分なんかソリスト大活躍なので良いのではないかと思っていたら、予想通りで、とても良かったです。個人的には、ここが聴けると、続く場面も良いはずなので、大概のことは大目に見られる演奏になります。弦楽器は、この曲だからとりわけなのかも知れませんが、とてもいい音が出ているように感じられました。(管楽器も悪くありません)
 そのブランゲーネの加納悦子さんですが、「ブランゲーネの歌」をはじめ、全編にわたって、とても良かったです。どうも、この役は日本人向きかも知れませんね。
 演出は、なんか明治時代っぽいというか「新劇」みたいな感じ。「鹿鳴館」もこんな感じですかね?(見てないですが・・・)それとも、単に、ほぼ日本人キャストで上演しているせいか?でも、わかりやすい演出で、良いんじゃないでしょうか。第1幕のイゾルデの感情表現もオーソドックスな感じでしたが、トリスタンが薬を飲む直前の所で、音楽が良かったせいだと思うのですが、なぜかとても感動してしまいました。
第2幕は、イゾルデが松明を消した所で、背後の壁が消えて、広々とした舞台になるのは、シンプルですが、なかなか効果的でした。「愛の二重唱」では、黒い半円が天井から落ちて来て(日蝕か?)、続く「ブランゲーネの歌」で、その半円の横の背景が真っ赤になっていくのも視覚的には良かったと思います。特に奇をてらわない演出なので、好感が持てます。ちょっと謎だったのは、「二重唱」の所では2人が離れ離れで、それぞれ舞台に向かって歌うことで、これは何か意味があるのだろうか?全般的に二人はあまり絡まないので、意図的だとかも知れません。
さて、小山由美さんは、イゾルデは滅多に歌わない役だと思いますが、堂々としたものでした。先ほどの第1幕の長いモノローグも良かったですが、第2幕で松明を投げ捨てる場面の「夜よ、来たれ」なんかも、オケともども非常に良かったです。沼尻氏は「聴かせどころ」はきちんとやってくれます。一点だけ良くなかったのは「愛の二重唱」で、ここはサッパリ。トリスタンとイゾルデが全くバラバラに聞こえました。ただし、ここはあんまり頑張りどころじゃなく、次の「ブランゲーネの歌」からはガラッと良くなりました。前述のように、そこから良ければ大丈夫なのです。
トリスタン役のピアース氏は、第2幕までは、どうも今一つピリッとしませんでした。ずっと「う〜ん」と思っていて「こりゃ第3幕もかな?」と思っていたら、いい意味で期待を裏切ってくれて、第3幕はきちんと聴けました。どうも、この公演では、この一点に注力していたような気がしないでもないです。彼に限らず、この公演は良い所とイマイチの所がはっきりしていたので、「二兎は追わない」方針だったのかも知れません。
人のブログなどを見ていると、日本人歌手がみんなうまかったとの情報でしたが、確かにその通りでした。マルケ王の松位さんなんかは、温かみのある歌声で、実に良かった。私は通常あまりマルケ王に関心が持てないのですが、これだとホロッときますね。歌う人が日本人だと、独特の回路で感情に訴えてくるので面白い感じがします。
クルヴェナールの石野さんも良かったです。これだけ歌ってくれれば、バイロイトでもOKじゃなかろうか?という感じ。ちなみに髪型はやっぱり「鹿鳴館」ぽいですね。どうでもいいですが・・・。
 残念だったのは、小山さんの「愛の死」で、それまでが良かったので、とても期待していたのですが、今一つそれまでの「語り歌唱」を引きずってしまった感じかな?と。悪くはないのですが、「突き抜けない」感じがしました。そういう意味で、逆に気が付いたのですが、この曲のイゾルデって、ずうっと「セリフ」をやっていて、最後の土壇場で「大アリア」(時間は短いが)があるという感じです。この切り替えはすごく難しいかも知れません。ニルソンの自伝で「愛の死を成功させねば全て水の泡だ」というようなことを書いてあったと思うのですが、なぜわざわざ特記しているのか良く分かるような気がしてきました。今月、新国立劇場で歌うイレーネ・テオリンさんも、これまで録音を聴いてきた限りでは「愛の死」が今一つ「セリフ調」を抜け切らない感じです。逆に、「愛の死」がいいと、それまで劣勢でも「逆転サヨナラ満塁ホームラン」(←何のこっちゃ)になるかも知れません。
とはいえ、全体的には、いつもながら小山由美さんはとても良かったので、またどこかでイゾルデやってくださいね〜という気持ちです。
他の日本人歌手にも拍手拍手。(ピアース氏は成績表ふうに言えば「もう一歩」でしょうか。)ほぼ日本人キャストでやると、独特の情緒が出るような気がするので、こういうキャスティングの演奏は大事じゃないですかね。沼尻氏と大阪センチュリー響も期待通りの真摯な演奏で良かったと思います。もっと高い評価が与えられてしかるべきと思いますが、少なくともネット上では、そうでもなかったのは何故でしょう?個人的には思った以上に良かったと思うので、やはり実演を聴き逃したのは残念無念です。まあ、今年は年末にも聴けますからね。もう何事も無く、無事一年が終わってほしいものです。