改めてテオリン・スミスの「トリスタン」

コヴェントガーデンのCDを聴きながら、バイロイト2009のDVDが気になってしまい、改めて聴いてみると、これ、やっぱり歌手がすごくいいと思います。テオリンさんの「愛の死」は独特すぎるのですが、何度も聴いているとだんだん洗脳されて来ます(笑)。でも、このクセの強さは、一般的にはNGですね。実は、ブーイングが飛ばないのが不思議なぐらい個性的すぎる表現だと思います。
う〜む、この表現は、年末年始の新国立の公演では、どうなるんでしょうね?ふつう中和しそうな気がするのですが、テオリンさんの傾向を見ていると、もっとクセが強くなっている可能性が無きにしもあらずです。
私が見ている限り、誰も指摘していないのですが、第3幕のテオリン・イゾルデで特筆すべきは、「愛の死」の前のトリスタンと再会して、トリスタンが死んだ後の歌唱です。切々と感情を高ぶらせていく所が、とてもドラマティックで、素晴らしいの一語です。録音でこれを上回る歌唱は聴いたことがないです。この箇所は、実は、これまで誰を聴いても分からなかったので、初めて開眼しました。
ニルソンは「それまで、どんなに立派に歌おうと、「愛の死」がダメなら意味が無い」と自伝に書いており、まさにその通りなのですが、でも本当にそうなのだろうか?という気もします。私が思うに、イゾルデというキャラは、第1幕から第3幕まで完璧ということは不可能に近いんじゃないかと思います。それというのも、求められているものが各幕ごとに、余りに違うからなのですが。
初めは激情的に現れ、第2幕の途中からどんどんしおらしくなって行き、「愛の死」では現実の存在なのか分からないようなキャラになるというのが、私のイメージです。普通、こんなの、インポシブルですよ。
ゾルデが「暗から明へ」だとすると、トリスタンは「明から暗」です。この表現も同じように難しい。ディーン・スミスは、そのあたりなかなか良くやっていると思います。特に、第3幕のモノローグは「生々しい」感じがします。彼の歌唱は、独特のヘンな感じがあるのですが、この部分は、あまりそれを感じさせずに、人物に一体化している感じがします。
上記のように、いい所、イマイチな所がまだら模様になるのが、通常の「トリスタン」なのですが、このバイロイトDVDは、その「イマイチ」が「ブランゲーネの歌」と「愛の死」という最大の聞かせどころにあるのが弱点です。「愛の死」は、私は何事かを感じるので、まだいいのですが、「ブランゲーネの歌」は残念ですね。
でも、この演奏って、そういう意味では、どの部分も公平に扱う正統的ワーグナーかも知れません。シュナイダーの指揮は、すごく歌手に合わせている感じがしますね。歌手が良いところはオケも良く、歌手が今一つなところはオケもダメという「オーソドックスなオペラ」を、一般的にはそれと対極に思える「トリスタン」において演じているという稀有の例かも知れません。
なお、テオリン歌唱は、第1幕のトリスタンとの会話も聴く価値があります。これに限らず、普段聴き慣れた所に新しい発見があるので、「トリスタン」のファンは、やはり、この演奏は必聴だと思います。
あまり評判が良くないのは、演出のせいでしょうね。特にどうしても見たい演出でもないですから。うちのオーディオは、DVD対応なので、最近もっぱら音だけで聴いています。

ワーグナー 楽劇 トリスタンとイゾルデ バイロイト祝祭劇場2009 [DVD] [Import]

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  • アーティスト: ロバート・ディーン・スミス,イレーネ・テオリン,ミシェル・ブリート,ペーター・シュナイダー(指揮),バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団,エバーハルト・フリードリヒ(合唱指揮),クリストフ・マルターラー(演出)
  • 出版社/メーカー: Opus Alte
  • 発売日: 2010/03/03
  • メディア: DVD
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なお、コヴェントガーデンの「第3幕」の話がおろそかになってしまいましたが、シュテンメさんの「愛の死」はよほど正統的ですね。なかなか聴けます。