年忘れ聴き比べ〜ブラームス第4シンフォニー〜

トマス)今年はブラームスのCDをよく聴いたので、せっかく聴き比べしたのでコメントすることにしました。私が最も好きな「4番」のシンフォニーです。
アンナ)「4番」とは暗い・・・いえ、失礼、渋いですね。
トマス)いや、「暗い」で結構ですが(笑)。アンナさんは、ブラームスだとどのシンフォニーがお好きですかね?
アンナ)やはり「1番」がいいですね。フィナーレがいいです。
トマス)ヨハンくんは?
ヨハン)ぼくは「3番」が好きです。
トマス)う〜む、きれいに分かれましたね。性格なのかも知れませんが。
ヨハン)もちろん「4番」もいい曲ですが、暗いまま終わるという感じです。
アンナ)ただ、チャイコフスキー「悲愴」みたいな淋しいエンディングじゃなくて、壮大に終わるのはいいですね。もちろん私も嫌いじゃありません。
トマス)私はこの曲を14歳の時にNHK−FMで初めて聴いて、いたく感動してしまいました。カセットテープに録音して、何度も何度も聴いてしまいました。
アンナ)ブラームス「4番」にハマる中学生って・・・それ、やっぱり暗いですよ(笑)
トマス)そんなに暗い中学生じゃなかったですけど(笑)
ヨハン)というより、「カセットテープ」という世界が、ぼくには想像がつかないんですが。
トマス)その頃、我が家にはレコードプレーヤーがなかったので、もっぱらFMの番組を録音していましたね。おかげで、お金はほとんどかからずに、いろんな作品を聴いたのですが、今から思うと、よくあんな音質が悪いのを聴いていましたねえ・・・。隔世の感があります。
アンナ)それで、その「ブラ4」はどこの演奏だったんですかね?
トマス)それが覚えていないんですよね〜(一同笑)
アンナ)どうしてですか?らしくないですね。
トマス)思うにその頃は、指揮者やオーケストラによって、同じ曲が違う音楽になるということが、よく分かってなかったんですよ。一応カセットには書き込んであったはずなのですが、全然覚えていません。ただ、すごくいい演奏だったような・・・。想い出の中で美化されているのかも知れませんね。それから少しして、カラヤンベルリンフィルの演奏、これも「カセットテープ」ですが・・・を買って聴いてみたのですが、「前の演奏のほうがいいなあ」と思いました。
ヨハン)そのときに、ちゃんとチェックすればよかったのに。
トマス)これもビギナーだからなのですが、「みんなカラヤンが良いというからには、こちらのほうがいいのではないか」と。
アンナ)間違っているのは自分のほうだと思ったわけですね(笑)
トマス)カセットテープとはいえ、音質がいいのは間違いなかったですからね。そんなわけで、ファーストインプレッションを与えた自作のカセットテープがどこかに行ってしまったわけです。そんなことを思い出しつつ、今回いくつかCDを聴き比べたのですが、一番良かったのはブルーノ・ワルター=コロンビア響(1959年)です。
ヨハン)これは「定盤」ですよね。どのCDショップにも置いてあるのでは?
トマス)今月、さっき言ったことを思い出しつつ、以下を聴き比べてみました。

フルトヴェングラー ベルリンフィル ライブ 1948
アーベントロート ライプチヒ放送響 ライブ 1954
ワルター コロンビア響 1959・2
ザンデルリンク ドレスデンシュターツカペレ 1972・5
ショルティ シカゴ響 1978・5
クライバー ウィーンフィル 1980・3
バーンスタイン ウィーンフィル ライブ 1981・10
ヴァント 北ドイツ放送響 1985
カラヤン ベルリンフィル 1988
ジュリーニ ウィーンフィル ライブ 1989・5
シャイー ロイヤル・コンセルトヘボウ 1990・10
アバド ベルリンフィル 1990・11
ブロムシュテット ゲヴァントハウス 1998
ガーディナー レボリューショネル・ロマンティーク 2008・10
ジンマン チューリヒ・トーンハレ ライブ 2010・4
ヤンソンス バイエルン放送響 ライブ 2012・2

ヨハン)・・・。ちっとも「いくつか」じゃないような気がしますが。
トマス)いやいや。本当に聴き比べるなら、普通に手に入るCDでもこの3倍はあるでしょう。そこまではできません。なお、この中には図書館で借りたものもあります。
アンナ)年代別に並んでいますが、ちょうどワルターまでの3つが「ヒストリカル」、ザンデルリンクからジュリーニまでが「ひと昔前」、シャイー以降が「現役世代」という感じですかね。
トマス)ワルターがこんないい音質でスタジオ録音を残してくれているのは、本当に良かったです。一つだけ挙げるとすれば、これだと思います。オケの音色はウィーンフィルのほうが味わいがあると思うのですが、コロンビア響も、特に木管楽器とホルンが素晴らしく豊かな響きだと思います。そうした響きの芳醇さは、ブラームスの演奏には必須でしょう。

ブラームス:交響曲第4番/ハイドンの主題による変奏曲

ブラームス:交響曲第4番/ハイドンの主題による変奏曲

ヨハン)この演奏は特にどのあたりがいいのでしょうか?
トマス)基本的に全部いいですね。第1楽章は、コーダのところでテンポを上げないのですが、迫力に欠けることはまったくありません。第2楽章は響きがとてもクリア。最初のホルンの主題が、大きすぎるような気がしますが、これは実はフォルテなんですね。これぐらい朗々と吹き鳴らしたほうがいいかも。5小節目からのピッチカートもすごくいいです。ここって、スコアを見ると、弦のそれぞれのパートが別のリズムでやっているのが面白いです。ちょっとケルティックサウンドですね。「エンヤ」の音楽みたいな感じです。
ヨハン)ほんとだ。そう言われてみるとそうですね。
アンナ)ワルターだからよく分かるのかも知れませんね。解説書には「フリギア旋法」とあるのですが、現代から見ると「ケルティック」かも知れません。
トマス)次の第3楽章も、重厚な中にも気品があって見事です。ストリングスの歌が素晴らしい。しかし、圧巻は終楽章。第4変奏の弦がゆったりと奏で始める所は比較的あっさりとしていて、そのあとルバート気味になります。しかし、これぐらいの表現が求められているように思えます。
アンナ)中間部の静謐さがいいですが、「再現部」からもいいですね。このあたり以降のリズム感は、曲自体がとても面白いです。静かに技巧の粋を尽くしている感じ。
トマス)この辺りでなぜかコロンビア響が何度も音を外すのですが、それでもこの演奏がいいんですよ。無心に耳を傾けてしまいます。一体何なんでしょうかね。
ヨハン)さきほど音色はウィーンフィルのほうがとありました。それでいくと、カルロス・クライバーの演奏はいかがでしょう?これもCDショップに行くと「定盤」のようですが。
ブラームス:交響曲第4番

ブラームス:交響曲第4番

トマス)この演奏は、第1楽章の後半と第2楽章がいいですね。なので、この調子で行くかと期待がいやが上にも膨らむのですが、第3楽章でイマイチ乗らなくなり、終楽章の解釈はウ〜ンと首をひねる感じです。これはあくまで私の感性なので、これがいいという方もいるかも知れません。このクライバー盤で印象に残るのは、第1楽章の再現部の直前の弦楽器と木管ソロの交替(227〜240小節)。この部分がきわめて美しい。
アンナ)この箇所は、多くの演奏で、本当に美しいと思いますが、やはりウィーンフィルだからということでしょうかね。
トマス)そう思います。その箇所はコロンビア響はイマイチ。やはり一長一短があります。一方、フルトヴェングラー48年盤のオケはベルリンフィルですが、この箇所で凄みのある演奏をしています。ただ、これは「美しい」というより、「深淵を覗く」ような感じです。
ヨハン)この演奏は、ぼくも聴きましたが、やはりフルヴェンならではの独特な個性を感じますね。
トマス)この箇所は、シューベルトの「大ハ長調(グレート)」シンフォニー第2楽章の、あの第1主題が回帰する瞬間にすごく似ているような気がします。ブラームスもそれを意識して書いたのでは?
アンナ)「グレート」と言われてみると、フルヴェンの戦時中録音のその箇所は、まさに「深淵」ですね。なるほど。
トマス)「ブラ4」に戻ると、フルヴェンは終楽章の再現部の直前(第23変奏・121小節)でも、同じような胸が締め付けられるような表現をしています。録音のせいもあり、全般にはどうかと思う点もありますが、そのような点はやはり一聴の価値ありでしょう。
ブラームス:交響曲第4番/ウェーバー「オイリアンテ」序曲他

ブラームス:交響曲第4番/ウェーバー「オイリアンテ」序曲他

ヨハン)その気になる点とは?
トマス)フルヴェンは常に曲全体のクライマックスを意識的に作っているように思えますが、本当にそういうものなのかな?と思います。時に作為的に感じられる時があります。それが良い曲と悪い曲があるかも知れませんね。この曲については、どのフレーズも同じように扱うワルターのような解釈の方がハマるのではないでしょうか?これも好みの問題ですが。
ヨハン)もう一つヒストリカルでいくと、アーベントロートライプチヒ放送響はいかがでしょう?
トマス)アーベントロートは、ガーディナーが高く評価していたので聴いてみたのですが、さすがに素晴らしいですね。音質もモノラルとしてはけっこういいです。必ずしも重厚な解釈ではなく、柔軟なテンポの揺れがあり、面白いですね。こういうスタイルが、むしろ本来あるべきブラームス解釈なのでは?とライナーノーツでガーディナーは語っています。
アンナ)アーベントロートは、ブラームスに限らず、テンポが速いですね。「第9」の第3楽章をとても軽やかに快速に演奏しているCDを聴いたことがあります。初めは違和感を感じたのですが、二度目に聴いてみると「このほうがいいじゃん」と思ってしまいました。フルヴェンとは対極な感じ。
トマス)アーベントロートは風貌がいかにも「重厚長大」な感じですが、演奏はそうじゃないです。私は好きな指揮者ですが、あまりいい録音が残っていないのが残念です。ヨハン)そう考えると、いかにもイメージするような「重厚長大」な演奏って、意外とないのですかね。カラヤンベルリンフィルはどうですかね。
トマス)カラヤンのこの演奏は・・・。う〜ん。「オーケストラ・マシン」とでも言うような感じですかね。「洗練された無機質な機能美」とでも言うのでしょうか?
ヨハン)ほめているのか、けなしているのか分からないです(笑)
トマス)ある意味、やはりすごいんですよ。なんか、ここまで感情のない世界というのがあるのか、と?アンナ)ただ、この曲自体が、すごく古い音楽の「様式美」みたいなものを目指しているようにも思えますね。
トマス)うん。そこがポイントですね。ブラームス作品の鑑賞そのものに関わってくる点だと思います。私はこの作曲家の音楽は、いわば「情熱的絶対音楽」だと思うのですよ。「タイトルなき純粋音楽なのに、個々のフレーズは感情で満ち溢れている」というような感じ。最近そう理解するようになってきました。カラヤンのような演奏は、ブラームスの演奏はどうあるべきかを逆に裏側から示しているようにも思えてしまいます。「機能美としては凄いけど心には入って来ない」というもどかしさがあります。ただ、何度も言いますが、これも好みの問題であることは言うまでもありません。ちなみに、私が中学生の時に聴いたカセットテープは、この88年のより前の録音ですね。
アンナ)バーンスタインは、全然異なる印象ではないでしょうか?
トマス)そうですね。最初ちょっと戸惑うのですが、すぐに引き込まれていくものがあります。う〜ん。なぜでしょう。ウィーンフィルがすごく楽しそうにやっている感じ。これはやはり名盤と言っていいのではないでしょうか。これは聴く価値があると思いますよ。
ブラームス:交響曲第4番

ブラームス:交響曲第4番

アンナ)トマスの好みは、ベルリンフィルよりウィーンフィルって感じですかね。
トマス)おおむねそうですね。今は両者とも全然別の響きですね。この頃のベルリンフィルって、完全にカラヤンの音ですね。でも、何度も言いますが、そこまで浸透しているのはやっぱり凄いんですよ。私の好みではないだけです(笑)。
ヨハン)現役の指揮者による演奏では、どれが良かったですか?
トマス)ガーディナーの演奏は、中間楽章が出色ですね。ブラームス交響曲を改めて聴きなおすキッカケを与えてくれました。特に第2楽章の後半がとても個性的で美しい。また、好みはあれど、第3楽章の超快速のテンポはなかなかいいです。
ヨハン)この第3楽章って、ここだけが浮いている感じがしますよね。
トマス)それは当初から言われていたことで、作曲者自身が「くずかごに捨てたほうがいい」とアドバイスを受けたというエピソードがあります。
アンナ)それは言い過ぎでは?・・・ブラームス、傷つきそうですね。確かにあまり彼らしくない感じがしますけど。
トマス)ただ、改めてきちんと聴いてみると、そんなに悪くない曲ですよ。特にワルターで聴くと、すごくいい曲に思えます。一つ言えるのは「重々しくやってはダメ」ということですね。一方、両端楽章は、ガーディナーの演奏はもうひとつかな・・・。軽やかすぎるので、特に終楽章はもっと壮大さがあったほうがいいように思えます。ただ、このディスクがいいのは、カップリングの選曲です。モンテヴェルディ合唱団の歌う晩年のGeistliches Lied。これは素晴らしいですね。また、パッサカリア主題の基になったバッハのカンタータBWV150からの抜粋もあります。これを聴いていると、「なんでこの低音が、あの主題になったんだろう?」と思います。
Symphony No 4

Symphony No 4

ヨハン)両端楽章が気に入った演奏はなかったですか?
トマス)デイヴィッド・ジンマンチューリヒ・トーンハレの第1楽章が素晴らしかったですね。ホールと録音の良さもあると思うのですが、最初のヴァイオリンのメロディーがそっと歌い出されるさまが実に美しく、そのあとも悲壮美のような世界が続きます。とても気に入ったのですが、展開部とかも全然盛り上げないで、あたかも何かを我慢しているかのように、ラストまでずっと抑制気味で行きます。それでいて印象としては、全然淡々とはしていない。これは、明らかに解釈でそうしているのですね。すごく新鮮でした。高評価ですね。この調子で、第2楽章以降も行ってくれれば良かったのですが・・・。決して悪くはないのですが、ちょっとあれっ?って感じがしてしまいます。第1楽章と第2楽章って、全然アプローチの仕方の違う音楽で、そのあたり解釈は難しいんじゃないかと思います。
ブラームス:交響曲全集

ブラームス:交響曲全集

アンナ)さっきも言ったように3楽章も浮いているので、全体的に楽章同士の統一感が良くない曲なのかも知れませんね。
トマス)そうですね。たしかに4つのシンフォニーで、一番まとまりが悪いかも知れません。逆に言うと、それをまとめているのがすごいのかも知れないですが。彼の交響曲では「3番」が一番うまく連結しているように思えます。「3番」までは何か音楽の背後にストーリー的展開を考えてもいいような気がしますが、「4番」はそうじゃないような気がします。それがこの曲の独特の難しさかも知れません。
ヨハン)そこが、ワルターだとつながって聴こえるのが不思議です。彼以外にもう一人挙げるとすればどうでしょう?
トマス)ザンデルリンクドレスデンシュターツカペレでしょう。この全曲録音は他のシンフォニーもみんな素晴らしいですが、この「4番」もいいです。最初のほうはワルターに比べるといまひとつな気もしますが、圧倒的なのは終楽章。これでしょう。冒頭のパッサカリアテーマの「重さ」。第4変奏(第33小節)でヴァイオリンがアルコで歌い始めるところ、第12変奏(第97小節)の寂寥感あふれるフルートソロなど、ひとつひとつ胸に迫ってきます。
ブラームス:交響曲第4番

ブラームス:交響曲第4番

ヨハン)フルート・ソロのメロディーは、さみしいですよね。美しいですが、孤独感いっぱいのメロディーです。一度聞くと忘れられないですね。
トマス)ここは、ホルンとヴァイオリン・ヴィオラだけの伴奏も印象的ですね。ここは初めて聴いたときから、心を打たれました。
アンナ)・・・14歳の時ですよね。それって、やっぱり暗いですよ(笑)
トマス)ですから、そんなに暗い少年じゃなかったですって(笑)。でも、今この「サラバンド」を聴いても・・・やはりますます心を打たれます。現象的なものを超越した静謐な美の世界とでもいうのでしょうか。ここからの静かな部分全体がそうですね。しかし、ザンデルリンクドレスデンシュターツカペレのこの終楽章の凄みはエンディング。「終わり良ければ」と言うわけではないですが。これは聴くべき一枚です。
ヨハン)他のCDはいかがでした?
トマス)私としてはそんなに印象には残らなかったのですが、同じ指揮者やオケでも、いい時とそれほどでもない時がありますからね。あと、こんなに録音の話をしてきてなんですが、やはりなんといっても実演でしょう。今年は、やはりブラームスの実演を聴きにいこうと思います。あまりにもポピュラーで手垢がついたような感じですが、もっと良くなるのでは?やはり中間楽章、特に「第2楽章」ですかね。
アンナ)では、次はブラームスのコンサートに?
トマス)次回は1月19日のメッツマッハー=新日本フィルブルックナー9番」を。その次は26日の「タンホイザー」ですね。2週連続で楽しみがあります。
アンナ)全然ブラームスじゃないじゃないですか(笑)
トマス)まあまあ。そういうこともあります。それではよいお年を。