シューマン「美しい五月に」(純和風?)とドイツ語の歌詞

今回は、シューマンの歌曲集「詩人の恋」の第1曲「美しい5月に」です。
まずは、一種のシャレとしてボーカロイドバージョン。お正月なので純和風バージョン(伴奏は尺八と琴のつもり)として仕上げてみました。歌詞も万葉(というより百人一首?)調です。(←雰囲気だけですが。)新春初笑いということで、お楽しみください。

さて、以下は真面目に、せっかくのお正月休みを生かして、この歌の歌詞の解説をしてみましょう。むかし学校の音楽の授業で歌ったなあという人もいるかも知れません(実は私もそうなのですが、当時はドイツ語をまだ学習していませんでした)。ドイツ語は、ほぼ意味が分かる人も多いと思いますので、少し突っ込んで解説してみましょう。
詩人はさすがハイネだけあって、単純なようですが、とても繊細な良い詩だと思います。これぐらいのレベルだと、私にも詩の良さがわかります。(もっと難しい詩になると、わからなくなってきます・・・。ゲーテとか。)シューマンの音楽の繊細さは言うに及ばずで、一度聴いたら忘れられなくなるような音楽だと思います。(ちなみに、この曲のコード進行は「トリスタン」と似ているらしいです。)
原語歌唱があったほうが良いと思うので、こちらをリンクしました。今度はピアノ伴奏なのでご心配なく。歌っているのも人間です(笑)。人気者カウフマン氏の歌唱で。
http://www.youtube.com/watch?v=8nNmoJkjQ9w

(原詩)
Im wunderschönen Monat Mai,
als alle Knospen sprangen,
da ist in meinem Herzen
die Liebe aufgegangen.
   
Im wunderschönen Monat Mai,
als alle Vögel sangen,
da hab´ ich ihr gestanden
mein Sehnen und Verlangen.

(1行目)
Im wunderschönen Monat 最初は前置詞のin(英語と同じ意味)+冠詞のdemが短縮されてim となっています。続くMonat(暦の「月」)は男性名詞ですが、「状態」を表す3格なので冠詞はdemとなります。(これが「方向」を表す4格ならin den〜となって短縮できません。) 形容詞wunderschönは、2つの語句がくっついている所がいかにもドイツ語っぽいです。wunderはもちろん英語の「ワンダー」でschönは「美しい」。直訳なら「奇蹟のように美しい」で、こちらも男性名詞に合わせて語尾変化しています。確かにヨーロッパの5月は「奇蹟のように美しい」ので、これは「5月」にかかる慣用的な表現だったかと思います。(逆に、このハイネの詩のせいで慣用表現になっているのかも知れません。)
Mai 英語のMayで「5月」。全然関係ないですが、ミラノのことをドイツ語では「Mailand」すなわち「5月の国」と言うのですが、これは単にイタリア語の音が変化しただけなんですかね?それとももともとの意味がそうなのでしょうか?
(2行目)
als 接続詞で、英語のwhenです。ドイツ語にはwennという同じ意味の接続詞がありますが、詩ではたいがいalsが使われているように思えます。
alle Knospen 「(花の)つぼみ、(木の)芽」(Knospe)という女性名詞ですが、その前にall(英語と同義)がくっついているので、両方とも語尾が変化して「全ての花のつぼみ、木の芽」を意味します。この言葉が1〜2行目の主語で、女性複数1格です。
sprangen, 不定形(動詞の基本形のこと)はspringenで、それの過去形。これも英語のspringと同義です。「跳ぶ」とか「弾む」ですが、主語は「つぼみ」ですから「つぼみがパッと開く」感じです。「シュプランゲン」という響きがいかにもそんな感じがします。
(3行目)
da ist 最初のdaは「その時」という時間を現わしています。英語だとthenでしょう。ドイツ語のdaは「そこで」と場所も表せますので、ある意味便利です。istは通常、英語のisですが、次の行のaufgegangenとセットで「〜した」という現在完了形になりますから、英語だとhasに当たります。(※とはいえ、英語でもisとセットの場合があると思います。)
in meinem Herzen 最後のHerzは英語の「ハート」で中性名詞。1行目のimと同じく3格ですが、「私の」(mein)が間にはさまっているので、この形。Herzの語尾enは口語なら付けないのですが、詩なので、これをつけることによって、enで綺麗に韻を踏むことができます。よく見ると、この詩全体にenが浸透していて、柔らかな響きを作っています。
(4行目)
die Liebe これはもちろん「愛」。女性名詞の冠詞die付きで、これが主語。
aufgegangen. これはaufgehenの過去分詞形で、aufとgehenが合体した「分離動詞」(第二外国語でドイツ語を取った人は「そういやそんな意味不明なものがあったな」と思われるでしょう・・・)なので、過去分詞形の頭につくgeは中間に割り込んできます。通常「haben(英語のhave)+過去分詞」で「現在完了形」。英語と同じく「たった今〜した」という感じを表します。(これに対して「過去形」は「かつて〜があった」という「歴史的事実」)。ここでhat(habenの3人称単数)ではなくistなのは、「場所の移動」を伴う自動詞はsein動詞(be動詞)とセットになるという決まりだからです。(←普段余り意識しないので理由がうろ覚えなのですが)。単語の意味としては、「浮かび上がる」ようなイメージですが、詩ですから2行目のspringenとほぼ同じ意味で「花開く」のような意味です。
(5行目)
「2番」の1行目は「1番」とまったく同じです。
(6行目)
als alle Vögel sangen, 冒頭のals alleも「1番」と同じです。Vögel(フェーゲル)はVogel(フォーゲル)の複数形です。sangenはsingen(英語のsingですから「歌う」)の過去形。
(7行目)
da hab´ ich 最初のdaは3行目と同じ(「その時」)。hab´はhabe(英語のhaveの1人称単数)が次のich(これはもちろん「私」)とくっついて語尾脱落しています。(ハーピッヒとなっています)。今度は普通に「haben+過去分詞」の現在完了形。
ihr 「彼女」(1格はsie)の3格で「彼女に」です。この歌は「君に」ではなく、あくまで「彼女に」なので、第三者に向けて語るように歌っているということに注意が必要でしょう。(私の日本語バージョンは「君」あてにしていますが)
gestanden 「告白する」gestehenの過去分詞です。ちなみに、stehen(立つ)の過去分詞も同じ言葉ですが、初めからgeがついている場合には「ゲゲシュタンデン」(笑)とはならないことにご注意を。この動詞は他動詞なので、現在完了形は素直にhabenをとります。
(8行目)
mein Sehnen und Verlangen. 最後は目的語の4格なので、これが「告白」の内容。SehnenもVerlangenも動詞の不定形がそのまま名詞になっています。これってドイツ語の便利な点の一つのような気がします。前者は「あこがれる気持ち」、後者は「求める気持ち」ですが大体同じような想いでしょう。この場合、必ず中性名詞になりますから最初のmeinは4格でも語尾変化しません。(男性名詞なら4格はmeinenになります)。なお、この最後の行の歌唱を聴いていると、「マイ(ン)ゼーネ・ヌーン(ト)・フェアランゲーン」と必ずリエゾンして歌っているように思えます。

さて、上記を踏まえたうえで、なるたけ日本語らしく訳してみますと、こんな感じでしょうか。

(日本語訳)
夢のように美しい5月・・・
つぼみがいっせいに弾ける5月に、
ぼくの胸に花開いたのは、
あのひとへの愛でした。
   
夢のように美しい5月・・・
小鳥がいっせいに歌い出す5月に、
ぼくは打ち明けました。
あのひとへの憧れの想いを。

「つぼみがいっせいに弾ける」は「木の芽がいっせいに吹き出す」でも良いかもしれません。日本人は桜のイメージが強いので花のほうが分かりやすいから、こう訳しました。しかし、おそらくヨーロッパの人は一気に「緑」が吹き出すイメージを想像するんじゃないかと思います。
最後にヒストリカルでもう一つリンクしてみましょう。フィッシャー・ディースカウの若い頃の歌唱なので、50年以上も前の録音のようです。
http://www.youtube.com/watch?v=AwZFrb-mt8I