サラステとシベリウスを語る

昨夜のバイエルンの「ルサルカ」は、なかなか面白いですね。録音をして良かったです。今第3幕を聴きながら楽しんでいます。この記事は明日書こうと思います。
さて、タイトルにあるように、年末に聴いたマーラーシベリウスがとても良かったので、元日は、ユッカ・ペッカ・サラステの昔の音源を取り出して改めて聴いていました。
ところで、前回のネトラジの「フェスティバルのシベリウス5番」とは、よく考えてみると「シベリウス・フェスティバル」の5番ですから、まず間違いなく昨年2010年9月10日のラハティ響との演奏ですね。フェスティバルと言っているんだから、すぐ思いつくべきでした。でも分かって良かった!
今回改めて聴いたのは、1993年のシベリウス交響曲サンクトペテルブルク・ライブです。実は当時気が付かなかったのですが、このライブ全集はシベリウスの初期作品ほど演奏がいいですね。とりわけ1番が最高に素晴らしい!全体にわたって、こんなに聴ける「1番」というのはないと思いますし、特に第2楽章は細部の仕上げ方がみごと。第4楽章も、第2主題の詩情に溢れる歌い方と悲劇的な第1主題とのコントラストの付け方が素晴らしいと思います。これは本当にオススメ。清新の気にあふれる(←表現が古い?)演奏とでも言うべきか。

シベリウス:交響曲全集

シベリウス:交響曲全集

続く2番・3番もなかなかです。一方、4番・5番は最初は良いのですが、後半息切れする感じ。一方、6番・7番は冒頭からして今一つかな?という感じで、私はあまりピンと来ません。(例えば「7番」は同じ時期(95年)のベルグルンド・ヨーロッパ室内管を聴いてみたら、やはりベルグルンドが圧倒的です。やはり年の功か?とはいえ「7番」は私が曲自体をきちんと理解していないのかも知れません。逆に「1番」は、もちろんサラステのほうが良い。)
ここで気が付いたのですが、シベリウスは前期と後期でサウンドの質が全然違うものになっているように思えます。ですから、初期作品で良い響きになる要素が、6番・7番では裏目に出ているように思えてなりません。作曲家自身が変化しているのですから「交響曲全集」でどれも良い演奏をするというのは、実は非常に難しいことなのだと思います。
さて「5番」については、今回のラハティ響の演奏と比較可能です。第1楽章については、サウンドの重厚さやリズムの打ち方の情熱的な気迫という点で、むしろ93年の録音に軍配があがりそうに思えたのですが、第2楽章以降、とりわけ第3楽章は間違いなく今回のラハティの演奏が良いですね。コーダの弦楽器の表情付けが見事です。つややかさが違いますし、一音一音の彫琢の仕方が、いかにもこの味わい深いコーダにピッタリときています。17年後ですから、こうなって当然のように思えますが、そうならない人もいるので、リスナーにとっては本当に有難いです。
ところで、私は、彼の実演は20年以上前にニールセン「不滅」をやったのを聴きに行ったのが唯一で、その後は上記CDとかでしか聴いていないです。考えてみると、あの頃まだ彼は30歳ぐらいだったんだなあ・・・。最近は滅多に来日していないと思いますが、数年前、N響マーラーの6番を振ったようですね。この時期は、私もまるでコンサート行っていない時期だったので、まったくノーチェックで残念でした。次回の来日に期待です。(客演じゃなくてオケと来てもらいたいですね。)
オスロ・フィルとはしょっちゅうやっているようなので、ヨーロッパに行く方はぜひ聴いてもらいたいものです。1月に「ブルックナー7番」をやる予定になってますが、これもたぶんネトラジでやると思うので、聴いてみようと思います。そもそも選曲が重くて渋すぎますね(笑)。私はいいんですけど・・・
ちなみに、サラステはニールセンもしょっちゅうやっていますが、この4番・5番もいいです。やはり渋いのが好みの人向けとは思いますが。ニールセンも最近の演奏はもっと良くなっているはずです。
ニールセン:交響曲第4&5番

ニールセン:交響曲第4&5番

ところで、まったく関係ないのですが、お昼は箱根駅伝を見ていました。3年連続で山登り1位の人ってホントにすごいと思います。これ見てると仕事しなきゃ・・・という気になってきます(笑)。しかし、年始からこんなストイックな競技を見て楽しんでいる民族って、ある意味すごいと思います。こんな国民性なのに衰退傾向というのは、方向づけが悪いとしか思えません。みんな同じ方向を向いて走っていればいい時代ではなくなったんで発想の転換が必要だと思います。(ふだんこんなことは書かないようにしているのですが年始なので・・・)