ベートーヴェン「第9」終楽章の対訳

明晩は、飯守泰次郎氏指揮の東京シティフィルの「第9」に行く予定です。
私はあまり年末の第9に行ったことはないのですが、この時期はどうしても気分的にCDを聴いてしまいますね。第9を聴かないと年が越せない感じがして・・・。習慣とは恐ろしいものです。
今年は、飯守氏の「パルジファル」がよかったので、やはり実演に行ってみようと思いました。そんなわけで、予習に楽譜を見ていたのですが、思い立って対訳を作ってみました。
例によって、やや独特の訳かもしれませんが、詩行の繰り返しも含め、音楽の進行どおりに掲載してみたので、CDやラジオ等で聴く方にもお役立ていただければと思います。(ちょっと左右が見にくいですが)

<バリトンソロ>
O Freunde, nicht diese Töne!     ああ・・・友よ。こんな響きではいけない!
Sondern laßt uns angenehmere     そうではなく、もっと心地よく、
anstimmen und freudenvollere.     もっと歓喜に満ちた音を鳴り響かせようではないか!
<バリトンソロ>
Freude! 歓喜だ!
<合唱>
Freude! 歓喜

周知のように、最初のレチターティヴォはベートーヴェン自身の付加ですね。Sondernって、単なるbutなのですが、こんなに意味深に歌われる例ってないのではないでしょうか。

<バリトンソロ>
Freude, schöner Götterfunken,歓喜よ、美しき神々の火花よ。
Tochter aus Elysium楽園から来た娘よ。
Wir betreten feuertrunken.我らは、炎に酔いしれ、
Himmlische, dein Heiligtum!お前の天上の聖域に足を踏み入れるのだ!

Deine Zauber binden wieder,お前の魔法は、
Was die Mode streng geteilt; 時勢が残酷にも断ち切ったものを再び結びつけ、
Alle Menschen werden Brüder, お前の柔らかな翼に乗れば、
Wo dein sanfter Flügel weilt. あらゆる人々が兄弟となる。

この2連がやはり「肝」ですよね。「翼に乗れば」は意訳ですが、日本語であれば、たぶんこの訳でいいと思います。

<合唱>
Freude, schöner Götterfunken, 歓喜よ、美しき神々の火花よ。
Tochter aus Elysium 楽園から来た娘よ。
Wir betreten feuertrunken. 我らは、炎に酔いしれ、
Himmlische, dein Heiligtum! お前の天上の聖域に足を踏み入れるのだ!

Deine Zauber binden wieder, お前の魔法は、
Was die Mode streng geteilt; 時勢が残酷にも断ち切ったものを再び結びつけ、
Alle Menschen werden Brüder, お前の柔らかな翼に乗れば、
Wo dein sanfter Flügel weilt. あらゆる人々が兄弟となる。

<ソロ四重唱>
Wem der große Wurf gelungen, 生涯の大きな賭けに勝った者・・・
Eines Freundes Freund zu sein, 一人の友の友となり、
Wer ein holdes Weib errungen, 優しい妻を得た者は、
Mische seinen Jubel ein! この歓喜の声に加わるがいい!

Ja, wer auch nur eine Seele そうだ!この地球上で、
Sein nennt auf dem Erdenrund! ただ一つの魂だけでも、自分のものだと叫べればよいのだ!
Und wer's nie gekonnt, der stehle もしそうできなかったのであれば、
Weinend sich aus diesem Bund! 泣きながらこっそりと、この集いから去るがよい!

この2連の歌詞は深いですね・・・。若いときはよく分からなかったのですが、優しい妻(または夫)を得るというのは、まさに「賭け」ですな・・・。みなさん、どのような思いでこれを聴いたり歌ったりしているんですかね(笑)

<合唱>
Ja, wer auch nur eine Seele そうだ!この地球上で、
Sein nennt auf dem Erdenrund! ただ一つの魂だけでも、その手にすればよいのだ!
Und wer's nie gekonnt, der stehle もしそれができなかったのであれば、
Weinend sich aus diesem Bund! 泣きながらこっそりと、この集いから去るがよい!

<ソロ四重唱>
Freude trinken alle Wesen 生きとし生けるものは、
An den Brüsten der Natur; みな大自然の乳房から歓喜を吸い取る。
Alle Guten, alle Bösen 善きものも、悪しきものも、
Folgen ihrer Rosenspur. 大自然のバラ色の乳の跡を追い求めるのだ。
<合唱>
Freude trinken alle Wesen 生きとし生けるものは、
An den Brüsten der Natur; みな大自然の乳房から歓喜を吸い取る。
Alle Guten, alle Bösen 善きものも、悪しきものも、
Folgen ihrer Rosenspur. 大自然のバラ色の乳の跡を追い求めるのだ。
<合唱>
Küsse gab sie uns und Reben, 大自然は我らにキスとワインを与え、
Einen Freund, geprüft im Tod; 死の試練で試された一人の友を与えた。
Wollust ward dem Wurm gegeben, 情欲などは虫けらに与えられたもの。
und der Cherub steht vor Gott. 智天使ケルビムは神の御前に立つのだ。

最後の合唱のGott!の呼びかけがいつ聞いてもすごいですね。この2連は、後で反復もされないので、ある意味さらっと流れていくわけですが、ここでシラーは、とても重要なことを言っていると思います。それは、人間は「歓喜」のために生きているのだということで、これは「啓蒙」あるいは近代ヨーロッパの哲学思想により、初めて公認された考えなのではないかと思います。(その後、社会の様々な矛盾に直面して色あせてしまうのですが、その当時の「歓喜」の輝きがこのシラー=ベートーヴェンにいわば「永久保存」されているように思います)
注意すべきは最後の2行。私がかつて見た訳ですと、「快楽は虫けらに与えられ、智天使ケルビムは神の御前に立つ」とあったのですが、この詩行の意味が私にはよく分かりませんでした。たぶん解釈はいろいろあると思うのですが、今回先入観なしであらためて考えてみたところでは、上記のように、「人間は情欲などという下劣なものに身をまかせてはならない。天使のように神の前に立つべきなのだ」という意味なのではないかと思います。この場合、Wollustというのは「非常に悪い意味」だと思うのですが・・・。「快楽」には良い意味もあるので、それで誤解してしまうのだと思います。ただ正しいかどうかは自信がありません。あくまでも私見ですので、間違っていたらすみません。

<テノールソロ>
Froh, wie seine Sonnen fliegen 快活に歩め。太陽をはじめとする恒星が、
Durch des Himmels prächt'gen Plan, 壮麗な天の設計図にしたがって歩むように・・・
Laufet, Brüder, eure Bahn, 兄弟たちよ。君たちの道を歩むのだ。
Freudig, wie ein Held zum Siegen. 歓喜に満ちて勝利を目指す勇士のように。
<合唱>
Laufet, Brüder, eure Bahn, 兄弟たちよ。君たちの道を歩むのだ。
Freudig, wie ein Held zum Siegen. 歓喜に満ちて勝利を目指す勇士のように。

トルコ行進曲」に乗った、このテノールソロと合唱の掛け合いはいいですね。夜空に見える星はみんな「恒星」ですから、「太陽をはじめとする恒星」は回りくどすぎかもしれません。とはいえ、Sonneの複数形なので、やはり「太陽」は入れたいですね。
ここでもう一度盛り上がったあと、すごいとしか言いようのない弦楽合奏になります。この疾風怒濤の表現はなんなんだろう。それが収まると「年末恒例」の大合唱になります。

<合唱>
Freude, schöner Götterfunken, 歓喜よ、美しき神々の火花よ。
Tochter aus Elysium 楽園から来た娘よ。
Wir betreten feuertrunken. 我らは、炎に酔いしれ、
Himmlische, dein Heiligtum! お前の天上の聖域に足を踏み入れるのだ!

Deine Zauber binden wieder, お前の魔法は、
Was die Mode streng geteilt; 時勢が残酷にも断ち切ったものを再び結びつけ、
Alle Menschen werden Brüder, お前の柔らかな翼に乗れば、
Wo dein sanfter Flügel weilt. あらゆる人々が兄弟となる。

<合唱>
Seid umschlungen, Millionen! 抱きしめ合おう・・・みなびとよ!
Diesen Kuß der ganzen Welt! 世界にくまなく、このキスを与えよう!
Brüder, über'm Sternenzelt 兄弟たちよ。この星空の果てには、
Muß ein lieber Vater wohnen. 必ずや愛する父がいるに違いない。

Ihr stürzt nieder, Millionen? ひれ伏すのか・・みなびとよ?
Ahnest du den Schöpfer, Welt? 創造主を感じるのか・・・世界よ?
Such' ihn über'm Sternenzelt! 星空の果てに、創造主を求めるがよい!
Über Sternen muß er wohnen. 星の向こうに必ずや、愛する父はいるのだから。

アンダンテ・マエストーソで重々しい合唱が始まります。これがシラーの詩からベートーヴェンが引用した最後の詩行となりますが、この合唱の歌詞が私はとても好きです。「古典主義」と「ロマン主義」が融合している感じですね。「愛する父」というのは、キリスト教の神に限定する必要はなく、「理神論」的な神だと思います。たぶん、シューマンの歌曲「雲よ、手を差し伸べて」(女流詩人クルマンによる歌曲集)の詩も、これと同じイメージから来ているような気がします。(詩はそんなに高い評価ではないようですが、シューマンの付曲が良すぎるので、印象に残ります)

<合唱>
Freude, schöner Götterfunken, 歓喜よ、美しき神々の火花よ。
Tochter aus Elysium 楽園から来た娘よ。
Wir betreten feuertrunken. 我らは、炎に酔いしれ、
Himmlische, dein Heiligtum! お前の天上の聖域に足を踏み入れるのだ!

Seid umschlungen, Millionen! 抱きしめ合おう・・・みなびとよ!
Diesen Kuß der ganzen Welt! 世界にくまなく、このキスを与えよう!

上の4行は「歓喜のメロディー」、下の2行は先ほどの「アンダンテ・マエストーソのメロディー」が同時に展開されます。その盛り上がりが少し落ち着くと、静かに次の歌詞がまた戻ってきます。この探るような神秘的な音楽は凄いですね。

<合唱>
Ihr stürzt nieder, Millionen? ひれ伏すのか・・みなびとよ?
Ahnest du den Schöpfer, Welt? 創造主を感じるのか・・・世界よ?
Such' ihn über'm Sternenzelt! 星空の果てに、創造主を求めるがよい!
Über Sternen muß er wohnen. 星の向こうに必ずや、愛する父はいるのだから。

Brüder, über'm Sternenzelt 兄弟たちよ。この星空の果てには、
Muß ein lieber Vater wohnen. 必ずや愛する父がいるに違いない。

ここでまた元気な音楽に。

<ソロ四重唱>
Freude, schöner Götterfunken, 歓喜よ、美しき神々の火花よ。
Tochter aus Elysium 楽園から来た娘よ。

<ソロ四重唱>途中から<合唱>も
Deine Zauber binden wieder, お前の魔法は、
Was die Mode streng geteilt; 時勢が残酷にも断ち切ったものを再び結びつけ、
Alle Menschen werden Brüder, お前の柔らかな翼に乗れば、
Wo dein sanfter Flügel weilt. あらゆる人々が兄弟となる。

そしてまた静まります。

<ソロ四重唱>
Alle Menschen werden Brüder, お前の柔らかな翼に乗れば、
Wo dein sanfter Flügel weilt. あらゆる人々が兄弟となる。

この四重唱に選んだ歌詞と祈りの感情が、とても感動的です。

<合唱>
Seid umschlungen, Millionen! 抱きしめ合おう・・・みなびとよ!
Diesen Kuß der ganzen Welt! 世界にくまなく、このキスを与えよう!

Brüder, über'm Sternenzelt 兄弟たちよ。この星空の果てには、
Muß ein lieber Vater wohnen. 必ずや愛する父がいるに違いない。

Seid umschlungen, Millionen! 抱きしめ合おう・・・みなびとよ!
Diesen Kuß der ganzen Welt! 世界にくまなく、このキスを与えよう!

Freude, schöner Götterfunken, 歓喜よ、美しき神々の火花よ。
Tochter aus Elysium 楽園から来た娘よ。

Freude, schöner Götterfunken, 歓喜よ、美しき神々の火花よ。

最後はどんどん速度を速めていって、この曲を締めくくるのですが、こうして最後の歌詞を見つめていると、やはりこの「最後の言葉」のうちにベートーヴェンの思いのすべてが詰め込まれているような気がします。