ベートーヴェンの名無しのピアノソナタ(1)〜第13番〜

ここ最近、グルダベートーヴェンピアノソナタ全集(1968年)にはまって繰り返し聴いていたのですが、いやはや、どの曲も素晴らしすぎる・・・なんなんだ、この人(ベートーヴェン)は。グルダの演奏がいいからだとも思いますが。こんなものを聴くと、よくこれを聴かずに過ごしてきたよ、と思います。

Beethoven: Piano Sonata No. 1-32, Piano Concertos No. 1-5

Beethoven: Piano Sonata No. 1-32, Piano Concertos No. 1-5

私はこれまでベートーヴェンはあまり聴いてこなかったのですが、おそらくたまたま巡り会わせが悪かっただけかと思います。ただ一つ言えるのは、ワーグナーに代表される後期ロマン派の音楽と、ベートーヴェンの音楽とは、決定的に異なる部分があるように思います。ベートーヴェンの音楽は「時間的」で「理性的」、ワーグナーの音楽は「無時間的」で「非理性的(=感覚的)」だと思います。もちろん、これはあまりに割り切りすぎなのですが。
それはさておき、ベートーヴェンピアノソナタを聴いていると、「日本語タイトル付きの曲」は、ほぼ間違いなくいい曲だということに気がつきます。「熱情」「告別」「ハンマークラヴィーア」「ヴァルトシュタイン」「月光」「悲愴」など。ただ、タイトルがついてなくてもすごくいい曲があり、今回取り上げる「第13番変ホ長調」などもそれかと思います。
ヨハン)ぼくは前からこのソナタが好きなのですが、このソナタのオープニングってラジオ体操みたいですね。(一同爆笑)
アンナ)たしかに。アンダンテの、タンタンタン・タンタンタン・・・。すごくリズム正しいし、ちょうどいいテンポなので、体操にはもってこいですね(笑)
ヨハン)そんなに笑わないでくださいよ・・・。
トマス)いや、私もまったく同感です。そして、このソナタの不思議さは、その「ラジオ体操的規則感」と「オフビートなリズム感」が同居しているところにあるんじゃないかと思います。言いかえれば「ロココ的優雅さ」に「近代の嵐の予感」が割って入って、しかも面白いことに、全体の「ロココ気分」は維持したまま終わるんですよ。
ヨハン)これって、次の「月光」ソナタ(第14番)とセット(作品番号27の1と2)で、「幻想曲風ソナタ」と名づけられているんですよね。その「月光」は嵐の中で終わります。そのコントラストから言っても、この2曲はセットで聴くべき曲だと思うのですが、「月光」が有名になりすぎた感じがしますね。もちろん「月光」は超名曲ですから仕方がないですが・・・。
アンナ)なるほど・・・。あらためて聴くと、この13番のソナタはいいですね。すべていいのですが、第2楽章が特に記憶に残ります。なんででしょう?
トマス)こんな感じですもんね。ザワワザワワと左手が入って、(遠くから、カッコの部分をピアニッシモで)タンタン・(タンタン)・タンタン・(タンタン)・タンタン・・・(大声で)ドガドガドガダダン!(一同笑)
アンナ)すごくベートーヴェンらしい感じですね。
ヨハン)ぼくはここを聴くと、女の子との待ち合わせ時間に遅れて慌てて駆けていくと、言い訳もきかずに怒られるというような感じがします。
(トマスとアンナ爆笑)
ヨハン)きっとベートーヴェンもそのような体験をしたんですよ。間違いないです(笑)
アンナ)言われてみると、そんな感じがしますね。映画の一シーンのような雰囲気があります。なんか「視覚的」な感じがしますね。共感覚を呼び覚まされるようなすごく不思議な音楽で、耳に残って仕方がないです。
トマス)同感です。「幻想曲風」というタイトルが、こんなにぴったりはまる音楽もないのではないのでしょうか。でも、このソナタぜんたいにわたって言えることですが、ロマン派とは違って「影がない」。私はこれがベートーヴェン音楽の最大の特色だと思います。
ヨハン)たぶん、そこがベートーヴェンワーグナーの違いなのではないでしょうか?
トマス)そうですね。そこには時代的なものもあるのかも知れません。ベートーヴェンは「啓蒙の時代」を生き、ワーグナーは「啓蒙への懐疑の時代」を生きたという違いがあります。
ヨハン)でも、それだけでは、ベートーヴェンの音楽の、あの世界に向けた肯定性を説明しきれていないようにも思えます。
トマス)たしかに。私の言い方は逆なのかも知れませんね。むしろ私たちがいだく「啓蒙」という表象を、ベートーヴェンが音楽によって「耳に聞こえる」ものにしてくれているということなのかも知れません。それは、バッハ、ヘンデルハイドンモーツァルトにももちろんあるのですが、ベートーヴェンにおいて、最も顕著なように思えます。
アンナ)第3楽章も、「アリア」から始まって、跳ね回るような速いリズム主題に移りますが、すごく「さわやか」ですね。
ヨハン)タンタン・タンタララララ〜。タラララ・ララララ・ララララ・ラ〜(繰り返し)。タタダ〜ン・タタダ〜ン。この最後の「タタダ〜ン・タタダ〜ン」のオフビート感が好きです。
アンナ)ほんとですね。でも、この楽章は羽目を外さない。楽しく踊ったあと、最初の「アリア」に戻ります。ここはなんかすごくキュートな感じがします。生まれたばかりの情熱が、宮廷の典雅さの中にくるまれているような気がして。
ヨハン)・・・ちょっと妄想入ってませんか・・・アンナさん?
アンナ)う〜ん。それに比べると「月光」は弱いな。第1楽章はいいんですけどね。弾きやすい曲なので、少女のころよく弾いたのですが、表現は難しかったです。第2楽章もかわいらしいので大好き。トリオのシンコペーションもいいですね。ただ、第3楽章って、いい曲だと思うんですが、なんか心に入ってこない。これは男の人の情熱だなあ、と思います。人に弾いてほしいとは思うけど、自分が弾きたいとは思わない曲ですかね。これは私の「ひねた意見」ですが・・・。
トマス)この「幻想曲風ソナタ作品27」2曲を通しで聞いてみると面白いですよ。6楽章ソナタのように感じられます。
ヨハン)そうか・・・そういう聴き方もありですね。そうすると、あたかもマーラーの「3番」みたいですね。フィナーレの雰囲気は異なりますが。
トマス)同じ作品番号のピアノソナタですからね。そうなると、13番のフィナーレは「スケルツォ」のような位置づけになるのかも知れませんね。そういう遊び心があったほうがいいかも知れません。
ヨハン)「13番ソナタ」を売り出すためのタイトルは「体操」ですかね。
アンナ)それじゃあんまりかっこ悪いので「アスリート」にしましょう。(一同笑)