トリスタン予習企画(2)〜第2幕の二重唱とブランゲーネの歌

「トリスタン」の聴きどころと言えば、やはりこの全曲の真ん中、第2幕の二重唱シーンでしょう。
動画はこれがいいと思うのですが、残念なことに、かなり録音が悪いです。ジョーンズさんの声がいいうえに、マイヤーさんがブランゲーネを歌っています。指揮者がわからないのですが、演奏も私にはグッドです。どこにいい演奏が転がっているかわかりませんね。
http://www.youtube.com/watch?v=e8H5LC0eXjM&feature=related
ただ録音が悪いので、あまりに聴きづらい場合は、こちらをどうぞ。フルヴェン盤ですが、最初の二重唱はそんなに大したことないと思います。ところが、これは「ブランゲーネの歌」からがすごいのです。このCDはこれを聴くだけでも価値があります。
http://www.youtube.com/watch?v=B-ImojzMOAs&feature=related
こんな音楽があるので、セリフの解説なんかするのが恥ずかしいぐらいですが、どのみち恥多き人生ですのでためらわずにやります(笑)

BEIDE
O sink hernieder, おお、沈み来たれ、
Nacht der Liebe, 愛の夜よ、(ここではまだ2つの言葉をderでつないでることに注目。次に出て来ることにはLiebesnachtと一語になってしまいます。このあと、und(英語のand)について小難しい会話をしているように、この音楽の進行につれて概念の境界が無くなっていきます。Liebestod=愛の死というのも同じです。)
gib Vergessen, 忘れさせておくれ、
dass ich lebe; 私が生きていることを。
nimm mich auf お前の胎内に(「お前」はもちろん「夜」のことです
in deinen Schoss, 私を引き取り、
löse von 私をこの世から
der Welt mich los! 引きはがしておくれ!

TRISTAN TRISTAN
Verloschen nun 最後の松明の灯りも
die letzte Leuchte; いまは消えた。(さっきイゾルデが投げ捨てた松明です。第3幕でもトリスタンはこの松明のことを思い出します。よほど早く消えてほしかったんでしょう・・・

ISOLDE ISOLDE
was wir dachten, あたしたちが考えたこと、
was uns deuchte; あたしたちに思えたこと、(同じことを1行目は能動態、2行目は受動態で言い表しています。これも主客の境目が無くなっていくことを表現しているように思えます

TRISTAN TRISTAN
all Gedenken --- すべての考え・・・

ISOLDE ISOLDE
all Gemahnen --- すべての想い・・・

BEIDE BEIDE
heil'ger Dämm'rung 聖なる黄昏どきの
hehres Ahnen 気高き予感は
löscht des Wähnens Graus 妄想のぞっとするような感覚を(直訳「妄想の恐怖」ですかね?もっとうまい訳があるかも知れません。ここで二人が言う「妄想」とは「現実世界の常識」みたいなものなので、はたから見れば(例えばブランゲーネから見れば)「君たちこそ妄想だろ!」とツッコミたくなります
welterlösend aus. 世を救いながら消し去っていく。(これも難しいのですが、ここでの「世」は「世間」ではなく「二人だけの真の世界」です)

ISOLDE ISOLDE
Barg im Busen あたしたちの胸のうちに
uns sich die Sonne, 太陽は身を隠し、
leuchten lachend 喜びの星々が
Sterne der Wonne. 笑いながら輝く。(個人的にはこの4行が好きなんですが・・・。特に「ロイヒテン・ラッヘント・シュテルネ・デア・ヴォンネ」というのはとても音が美しいと思います

TRISTAN TRISTAN
Von deinem Zauber あなたの魔力に
sanft umsponnen, 柔らかに絡め取られ、(直訳「柔らかく糸でくるまれている」です)
vor deinen Augen あなたの視線に
süss zerronnen; 甘く溶かされ。

ISOLDE ISOLDE
Herz an Herz dir, あなたの心には心を寄せ、
Mund an Mund; 口には口を寄せて。(直訳してますが慣用表現なので、もっと適切な訳があるかも知れません

TRISTAN TRISTAN
eines Atems ひとつの息吹に
ein'ger Bund; ぴったり結びついて。(Bundは「きずな」なので、直訳「呼吸の一つの絆」ですが、それじゃわけわからないので意訳です。Einigは「ひとつになった」です)

BEIDE BEIDE
bricht mein Blick sich 喜びに眩んで
wonnerblindet, 我が視線がさまよおうとも、
erbleicht die Welt 眩惑されて
mit ihrem Blenden: この世界が色褪せようとも、(このへんから難しい事を言い始めるのですが、私の考えでは単に「愛のために(世界が)何も見えなくなっても」ということだと思います)

ISOLDE ISOLDE
die uns der Tag 昼がまやかしで
trügend erhellt, あたしたちを照らそうとも、(「昼」はずっと二人に敵対的なものとして描かれています。Tagは「昼」というより「昼の光」ですね。くどいので、やむなく「昼」と言っているのですが、時刻と誤解する危険があるので考えどころです)
TRISTAN TRISTAN
zu täuschendem Wahn 欺くような妄想の前に
entgegengestellt, 引きずり出されようとも、(「エントゲーゲンゲシュテルト」というのは、いかにも敵対的です(笑)。今あらためて考えてみると「欺くような妄想が立ちはだかろうとも」と訳した方が自然かも知れません)

BEIDE BEIDE
selbst dann そんなことがあろうとも(このselbstは「自身」ではなく「〜でさえ」という意味です。Dannは英語のthenですから「その時でさえ」)
bin ich die Welt: 私が、この世界そのもの!(「私がいるから世界がある」ので、世界が消えることはない!と歌っています。Wir(私達)だとむしろオペラチックだと思いますが、Ichと言っているのが哲学的です。ちなみに、Welt(世界)にクライマックスがありますが、これは「イゾルデの愛の死」のクライマックスも同じです。)
Wonne-hehrstes Weben, それは、歓喜のいとも気高き織物・・・(ここからの5行は意味よりも語感を味わう部分のような気がします
Liebe-heiligstes Leben, 愛のいとも神聖なる生命・・・
Nie-wieder-Erwachens そして決して再び目覚めることなき、(ここから音楽が静まって、ニー・ヴィーダー・エアヴァッヘンス・ヴァーンロス・ホルト・ベヴスター・ヴンシュというのは響きが神話的な感じがします。特に根拠は無いのですが、北欧神話的な雰囲気がします)
wahnlos 妄念を離れた
hold bewusster Wunsch. やさしく目ざめた願い。

Tristan und Isolde versinken wie in gänzliche Entrücktheit, in der sie, Haupt an Haupt auf die Blumenbank zurückgelehnt, verweilen (トリスタンとイゾルデは完き恍惚の状態に沈潜し、その恍惚の中で頭を寄せ合いながら花咲くベンチの上にあおむけになり、そのままでいる)(ここ、よく見ると訳が悪いですね。「あおむけになり」ではなく「もたれかかり」でいいですね。後で直します。ところで、ここで二人に何をさせるか(笑)というのが舞台の楽しみですね。何をやってもいいんですが、ワーグナー自身はすごく控え目な書き方をしていることも押さえておくと面白いですね。思うに、セリフやト書きから判断するに「プラトニック関係なので、かえってアブナイ」というのが、このオペラの本来のプロットのように思えます。しかし、これは台本についてだけの話なので、音楽が喚起するイメージはまた別かも知れません)

BRANGÄNENS STIMME BRANGÄNENS STIMME
von der Zinne her (見張りの鋸壁のほうから)(この「鋸壁」って日本語になってますかね?お城にあるギザギザの壁のことなんですが・・・)
Einsam wachend ひとりさびしく見張る(「einsam=孤独」は「ひとりぼっち」。wachenはこの場合「起きる」ではなく「見張る」です。
in der Nacht, 夜のしじま・・・
wem der Traum 愛の夢が微笑みかける(wemはwer(英語のWho)の3格。「イゾルデとトリスタンに」です。この2行は「気が付いて」の目的語だと思いますが、かなりわかりにくい文章です)
der Liebe lacht, お二人さん・・・
hab der Einen この私の呼び声に(なぜか自分のことを「Eine」(一人の女)と表現していますが、訳が困難なので単に「私」としています)
Ruf in acht, 気がついて!
die den Schläfern 眠るお二人に(最初のdieは上の「Eine」を受けています。)
Schlimmes ahnt, 良からぬことが迫っています!(直訳「私は眠っている人にとって悪い予感がしています」)
bange zum 不安でたまらない私が、
Erwachen mahnt. 起きて!と叫んでいるのです。(mahnenは「警告する」)
Habet acht! 気がついて!(英語ならAttention!か?)
Habet acht! 気がついて!
Bald entweicht die Nacht. もうすぐ夜が明けますわ。

ISOLDE ISOLDE
leise (静かに)
Lausch, Geliebter! 聞いた?いとしい人!

TRISTAN TRISTAN
ebenso (同じように静かに)
Lass mich sterben! このまま死なせてくれ!