「トリスタン」予習企画(1)〜イゾルデのモノローグ
「トリスタン」予習用の企画です。
今回歌うのはヴァルトラウト・マイヤーさん。第1幕の「イゾルデの語り」です。この場面がいいんですよね。
http://www.youtube.com/watch?v=ghewBrHWxzg
ブランゲーネに、これまでのトリスタンとのいきさつを語るイゾルデ。
「オペ対」の拙訳をそのまま使っていますが、カッコ書きは注釈です。
Wie lachend sie あの人たちは、さんざん私を
mir Lieder singen, 笑い物にする歌を歌ったけれど、
wohl könnt' auch ich erwidern 私だって歌い返してやれるわ。
von einem Kahn, それは、あの一艘の小舟のことよ・・・。
der klein und arm ちっちゃくてみすぼらしい小舟が、
an Irlands Küste schwamm, アイルランドの海岸に流れ着き、
darinnen krank 病気のために
ein siecher Mann やせ衰えた男が、その中で
elend im Sterben lag. 哀れにも死にそうになっていた。
Isoldes Kunst イゾルデの秘術を
ward ihm bekannt; その男は知っていた。
mit Heilsalben ですから、軟膏と
und Balsamsaft 癒しの飲み薬を使って、
der Wunde, die ihn plagte, その男を苦しめていた傷を
getreulich pflag sie da. かいがいしくこの女は治療したのです。(sieは「彼女」ですが、ここでは自分を指しています。「物語」として自分を客体視しています。)
Der »Tantris« 心配のあまり一計を案じて
mit sorgender List sich nannte, 「タントリス」などと名乗っていた男が
als Tristan トリスタンであることを (そりゃわかるでしょ・・・という感じですが。)
Isold' ihn bald erkannte, イゾルデは、間もなく見破りました。
da in des Müss'gen Schwerte それは、あの動けない者の剣にある
eine Scharte sie gewahrte, 刃こぼれに、この女が気づいて
darin genau それがぴったり
sich fügt' ein Splitter, 剣の破片に合ったときでした・・・
den einst im Haupt その破片とは、
des Iren-Ritter, この私を嘲弄するべく送り返された
zum Hohn ihr heimgesandt, アイルランドの騎士の頭の中から、
mit kund'ger Hand sie fand. かつて私が手づから見つけたものでした。
Da schrie's mir auf そのとき、私の心の奥底から、
aus tiefstem Grund! 叫び声が上がったのです!(esは英語のitですから無人称の表現です)
Mit dem hellen Schwert きらめく剣を手に持って、
ich vor ihm stund, 私は、あの男の前に立ちました。
an ihm, dem Überfrechen, あの厚かましい男に、
Herrn Morolds Tod zu rächen. モロルト殿の復讐のため死を与えんとしたのです。
Von seinem Lager すると、寝床から
blickt' er her --- あの男はこちらを見つめましたが・・・
nicht auf das Schwert, 剣を見つめるでもなく、
nicht auf die Hand --- 手を見つめるでもなく・・・
er sah mir in die Augen. あの男は、私の目を見たのです。(ここからの4行が聴きどころ。Ichの3格(私に)とin die Augen(目を)で「私の目を」になります)
Seines Elendes 男の不幸は、私を
jammerte mich! --- 哀れな気持ちにさせました・・・!(上からの2行は文法的には変わっていて、無人称のesの省略か)
Das Schwert --- ich liess es fallen! そのために剣を・・・私は取り落としてしまった!(直訳では「落ちるままにした」)
Die Morold schlug, die Wunde, モロルトがつけたあの傷を、(本来、Wundeが先に来るべきところを倒置)
sie heilt' ich, dass er gesunde 私は治療し、あの男はすっかり健康になって(dass〜は「〜になるように」)
und heim nach Hause kehre, 故郷に帰り、
mit dem Blick mich nicht mehr beschwere! もう私をわずらわせることはないはずだった!
BRANGÄNE(この動画ではブランゲーネもマイヤーさんが歌っています)
O Wunder! Wo hatt' ich die Augen? 何たる不思議!どこに目が付いていたのでしょう?
Der Gast, den einst かつてお世話をお手伝いした
ich pflegen half? あの客人のことですか?
ISOLDE
Sein Lob hörtest du eben: 今しがた賞賛の声を聞いたわね、
»Hei! Unser Held Tristan« --- 「おおい、我らが勇者トリスタン」・・・
der war jener traur'ge Mann. それがあの悲しげな男だったというわけ。
Er schwur mit tausend Eiden あの男は、千回もの誓いでもって、
mir ew'gen Dank und Treue! 私に永遠の感謝と忠誠を誓ったわね!
Nun hör, wie ein Held ところがどうよ、勇者の(hörは本来「聴いて。」)
Eide hält! 誓いの守りようは!
Den als Tantris タントリスとして
unerkannt ich entlassen, 名乗りも受けずに放免してあげた男が
als Tristan トリスタンとして
kehrt' er kühn zurück; 厚かましくも戻ってきて、
auf stolzem Schiff, 堂々たる船の
von hohem Bord, 高い船べりから、(前の行からの2行は要は「高いところから偉そうに・・・」ということ)
Irlands Erbin アイルランドを継承する女との
begehrt' er zur Eh' 婚姻を望んだのよ、
für Kornwalls müden König, やつれたコーンウォール王、
für Marke, seinen Ohm. 叔父にあたるマルケのために。
Da Morold lebte, モロルトが生きていた頃は、(Daは英語のWHEN)
wer hätt' es gewagt いったい誰が私たちにこんな恥辱を(hatteではなくhätte+過去分詞だと「もし〜だったら」になります。この場合「与ええただろうか?」
uns je solche Schmach zu bieten? 与えようとしたでしょう?
Für der zinspflicht'gen 年貢を納める立場にある
Kornen Fürsten コーンウォールの領主のために
um Irlands Krone zu werben! アイルランドの王冠を求めようなどと!
Ach, wehe mir! ああ、かなしい!
Ich ja war's, 私だったなんて!(私が「それ(次の行のDie以降)」だった。つまり「自分を辱めたのは私だった」)
die heimlich selbst 知らぬ間に自分自身に
die Schmach sich schuf! こんな辱めをもたらしたのは!
Das rächende Schwert, 復讐の剣を
statt es zu schwingen, 振るう代わりに(statt〜zu〜=〜する代わりに)
machtlos liess ich's fallen! 無力にも取り落としてしまった!(ここは前回の聴きどころの歌詞と対応。同じように音楽が静かになります。)
Nun dien' ich dem Vasallen! そして今や家臣に仕える身の上!(「バザレ」はたぶん日本語の「ばさら」(フランス語由来なのでスペインとかを経由か?)軽蔑的な語感。)
BRANGÄNE
Da Friede, Sühn' und Freundschaft 平和と償いと友好が
von allen ward beschworen, 皆の者から誓われて、
wir freuten uns all' des Tags; 日がな一日喜びあったとき、
wie ahnte mir da, どうして思い至りましょう、(ahnen=予感する)
dass dir es Kummer schüf'? それがあなたの心の痛みとなっていたなど?(ここも過去形schufではなくschüf(接続法第2式=仮定形)なので「想定外」が表現されます)
ISOLDE
O blinde Augen, おお、見えない眼と
blöde Herzen! おろかな心の持ち主たち!
Zahmer Mut, 勇気は飼いならされてしまって、
verzagtes Schweigen! 気おくれした沈黙ばかり!
Wie anders prahlte それと打って変わって(英語で直訳だとhow different〜という感じ)
Tristan aus, トリスタンは何と鼻高々に自慢したことか・・・
was ich verschlossen hielt! 私が人に言わずにいたことを!
Die schweigend ihm 私は黙って
das Leben gab, あの男の命を助け、
vor Feindes Rache 敵の復讐からも
ihn schweigend barg; 黙って守ってあげた。
was stumm ihr Schutz なのに、無言の看護のうちに
zum Heil ihm schuf --- あの男に全快をもたらしたもの・・・(トリスタンを全快させたものは自分の愛だったはずなのに・・・と遠回しに言っています)
mit ihr gab er es preis! それをあの男はこの私ともども捨ててしまった!
Wie siegprangend 何と勝ち誇って
heil und hehr, 面白そうに気取って、(ここは本来いい意味で「気高く」なのですが皮肉で言っていると思うので意訳しています)
laut und hell 大声であからさまに
wies er auf mich: あの男は私を指して言ったことか。
»Das wär ein Schatz, 『あの女は上玉ですぞ。(Schatzは「宝」。wärは仮定法なので「ありませんか?」)
mein Herr und Ohm; 我が主君たる伯父御よ・・・
wie dünkt Euch die zur Eh'? あんな女を嫁にとったらいかがです?(dieはイゾルデ。「あの女どう思います?」みたいな通俗的な表現をわざと使っている)
Die schmucke Irin きれいなアイルランド娘を
hol' ich her; 連れて参りますぞ。
mit Steg' und Wegen 道も小道も
wohlbekannt, よう心得ております、
ein Wink, ich flieg' 合図なされば、アイルランドまで
nach Irenland: この私めがひとっ飛び。
Isolde, die ist Euer! さすれば、イゾルデはあなたのもの!
Mir lacht das Abenteuer!« そんな素敵な冒険を私めに!』(「冒険がほほえみかける」みたいな能天気な語感)
Fluch dir, Verruchter! 呪われろ、破廉恥漢!
Fluch deinem Haupt! お前の首に呪いを!
Rache! Tod! 復讐だ!死ぬのよ!
Tod uns beiden! 二人一緒に死ぬのよ!(直訳は「我々二人に死を」と誰かに祈っている感じ)
マイヤーさんのこの動画は、最後の部分の迫力よりも、私が「聴きどころ」として指摘したリリカルな部分を丁寧に歌っていますから、そこがとても良いと思います。