「イゾルデの愛の死」聴き比べ〜ワーグナー・ドラマティック・ソプラノの変遷〜

さあ!全国のワーグナーソプラノ・ファンの皆様。そして「トリスタンとイゾルデ」ファンの皆様。お待たせいたしました!(←大げさ?)この企画、ずっとやりたかったのですが、のびのびになっており、今回「イレーネさま」(自分の中で、だんだん昇格してきたのです・・・笑)のことを考えつつ、あさって彼女を聴く前に(聴くのは「カミタソ」ですが)やらなきゃなあ・・・と思っていたので、ついに実現です。
ところで、最近、仕事が最悪の状況で、3つ難題があったうち2つは解決したのですが、残り一つが周到に準備してきたにもかかわらず、どんどんエスカレートして悪くなっていきます。あさって本当に行けるのか???
「指輪を奪えないハーゲン」みたいな状況です。ストレスたまりまくりで、深夜までやけ酒なんか飲んでしまいましたが、よくないですね。結局、二日酔いになるだけなので(笑)、こういう、人の役に立つ(?)生産的活動(というほどもないですが)で、ストレス発散したいと思います(←なあんて言いますけど、もっぱら自分が一番楽しんでいるわけですが)

「愛の死」は、7分ぐらいの曲ですが、これぞワーグナーという曲ですよね。よく「トリスタンは無調音楽への道を開いた」と言われ、実際、前奏曲とかその他の音楽もそうかなあと思うのですが、この「愛の死」は必ずしもそうでないような気が。調性はきちんとあって、しかもほとんど「長調」です。これを聴いていると、私はすごく幸せな気持ちになります。
あと、これは第2幕でトリスタンが歌う「いっしょに死んだほうがいいのかい?」というメロディーの「再現」ですよね。その意味では、「指輪」のジークフリートの「小鳥の歌」「辞世の歌」と似ています。楽譜を見ると面白いのは、第2幕では、このメロディーが変イ長調で初めて歌われたあと「ブランゲーネの2回目の警告」があり、それから2人で静かに歌いあった後、盛り上がったところで、もう一度このメロディーがロ長調に転調した形で出てくるのです。この間、約15分ほどですかね?(測ったわけではないので適当ですが)
「愛の死」も初め変イ長調で歌いだすのですが(変イ長調の、ソ−ド−ド−シ)、あっという間にニ長調に転調(Wie das Herz ihm)し、ついにロ長調に達し(Höre ich nur diese Weise)、このあと最後までロ長調です。そういう意味で、第2幕のほぼ完全な「再現部」なのですが、意味づけとかテイストは全く変えてるのが、私はワーグナーのホントに大好きなところです。
実は、アストリッド・ヴァルナイのこの歌(2番目に出てきます)を聴いたことが、私が「オペラ対訳プロジェクト」上で翻訳しているキッカケになっており、これはホントえがたい出会いでした。四六時中、頭の中から離れなかったので、つい日本語にしてしまいました。その翻訳はコチラですので、よろしければどうぞ↓(かねがね思っていたのですが、ここからリンクすると、私のパソコンではなぜか「字あまり」になってしまうので、その場合は別ルートでもう一度開き直していただければと思います)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/52.html

さあ、前置きはもうよして、Youtubeいきましょう。ワクワク(笑)。
最初の3人が、私の好きな「愛の死」シンガー(シンゲリン?)です。

・キルステン・フラグスタート
http://www.youtube.com/watch?v=3dfbZ6S6DU4&feature=related
1936年のコヴェント・ガーデンです。(考えてみると74年前ですね!!)これ、私にとっては、最高のイゾルデです・・・。ただ惜しむらくは、まだレコーディング技術が確立されてないというか「蓄音器」の時代なので音質が悪く、とりわけ最後のクライマックスが、う〜む、ですね。
でも、それでもやはり最高と思うのは、これって、空前絶後と言うか(それとも逆に昔はこうだったのか?)・・・。でも実は、この演奏こそ、この歌の本質じゃないのかと思うのです。
最初の歌声は、小声でささやくような感じ。一つ一つの音をそれほど伸ばさないのに、ブツ切れ感はまったくありません。すごくフシギ。
さっき言った「この歌の本質」ですが、私は、これはほんとうは「子守唄」なんだと思っているのです(前にも書いたと思います)。だからフラグスタートは、ぜんぜん激しくありません。ささやくような声です。
もっと突っ込んで言えば「非実在」のイゾルデです。これは、今回この特集で考えて初めて言語化できました。ちょうど、最近、新聞を読んでいたらお役所(東京都?)が「実在」やら「非実在」やらというワケわからん話をしていたのでピンと来たのです(笑)。新聞の話はアブナイのですが、私の話はアブナクありません。子守唄って、ある特定の人物というよりは、「世界」そのものが赤ちゃんに語りかけている、という意味を持っていませんか?
これ、女性には、わかりにくい話かも知れないのですが、トリスタンは、まだ生きていて、この「子守唄」を聴いているのです。フラグスタートは「もういいのよ。がんばらなくって・・・」と言ってくれます。トリスタンは、ここで初めて眠りにつくんじゃないかと思えてなりません。
このフラグスタートは、聴くたびに、どこかで必ず涙がポロッと出ます。その「どこか」が毎回違うんですよね。wie er leuchtetだったり、süßer Atemだったり、そのすぐ後のsieh!だったり。in mich dringet からは、声音とか表現を大胆に変えますが、基本キャラクターは変えませんね。
そして、クライマックスのWelt-Atemでわかるのは、この「歌声」こそが「世界の息吹」なんだろうなということです。ナニコレ?みたいな声。
ホント、レコーディングが悪いのだけが残念です。下記はもうちょっといいですね。基本は変わってないのですが、ちょっと丸くなった感じ。 でも、これにつき合っていると長くなるので、後回しにして、お次のヴァルナイに進んでいただいた方がいいです。
http://www.youtube.com/watch?v=mgpesiHWTbQ&feature=related
さらにもう一つ。こちらはフルヴェン↓。もちろん素晴らしいのですが、ドラマティックになって、ちょっと特色が薄れてますね。時代の変化なんですかね。でも、オケ好きな方は、案外これが一番かも。これも後回しにしてください。
http://www.youtube.com/watch?v=4tgn511ceNQ&feature=related
余談ではありますが(←司馬遼ふうな書き方ですが)、フラグスタートって美人ですねえ(笑)。やせている時も、ふくよかな時も、というタイプで、私的には、特に1936年の絵です。これ投稿した人もきっとそうなんでしょうね(笑)。このふくよかな感じって、ふと思うと「イレーネさま」と共通しているような気も。それにしても、彼女は飛行機の尾翼に描かれたり(↓)、ノルウェーのお札の肖像画にもなっているらしいですから、ヨーロッパの方も感じる美人なんですかね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:KirstenFlagstad.jpg

・アストリッド・ヴァルナイ
まずはこちらを。
http://www.youtube.com/watch?v=SBl-KI2jLK4
ヴァルナイの「愛の死」はフラグスタートとは、全然違いますね。面白いなあ、というかステキだなあ、と思うのは、そのフラグスタートとの関係です。ヴァルナイはハンガリー系で、生まれはストックホルムという複雑な生い立ちです。さらに、国籍はアメリカ人です。(興味のある方はこちらへ↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%A4
生まれた時からフラグスタートの名前が出てきて、その理由が書いていないのですが、フラグスタートは、ヴァルナイのお父さんがオスロに作ったオペラ座のメンバーだったから、こういうことになるわけです。第一次大戦の最後の年だから、大変な時代です。
さらには、フラグスタートはニューヨークで声楽の勉強を開始したヴァルナイの面倒を見てあげてますから、この二人って、母と娘みたいな間柄ですね。
歳も23歳離れていますし。
私、この演奏大好きで、声質とか何事か自分の琴線に触れるので、言葉にならないくらい好きなのかな?とも思います。ですが、あえて分析してみると、いろいろ気が付きました。(私、声楽をやっていたわけでもないので、音楽のことを知らない素人の意見ではありますが・・・)
まず、彼女は、発音、特に子音の発音が、ものすごくキレイ(単なるキレイというか「インプレッシブ」というべきですね)です。そして、フレーズを、細切れの単語としてではなく「文章」にして、その中でハッキリ強弱をつけるので、そこに「演劇性」というか「ドラマ」が生まれます。
子音ですが、この映像、キャプションがあるんですよね。これが、とてもいいです。投稿している人が私と同じ意見で、それでつけているんじゃないかと勘ぐってしまうほどです。あげるとキリがないのですが、一例を言うと、最初のFreunde!の「ロ」( r)、そして、leuchtetの「L」の「ロ」、だいぶ後の「Heller schallend」の「H」、schlürfen、untertauchenは、音素のすべてがいいです!わたし、これ聴きながら「ドイツ語勉強して良かった」と思います。でも、こういうのって英語も同じですから、すべての人が楽しめると思います。
そして、この演奏の本質って、フラグスタートとは逆のように思います。これは実は「私のために生き返って!」だと思うんですよ。歌詞からすると、フラグスタートの解釈が正しくって、ヴァルナイも同じセリフを歌っているはずなのです。
でも、私は、これを聴くと「もういいのよ」じゃなくって「がんばって」と励まされるような感じです。もしかして、これが私のここ数年の気分に合致するから、これが好きなのかも・・・(笑)。だから、この演奏を聴くと「この人のために頑張ろう」というような気になるわけです。(←単純)もう男性にしか分からん気持ちかもしれませんが。
また、面白いのは、さきほどの「実在」「非実在」の比喩でいくと、これは「実在」のイゾルデです。もし、私が演出家で、「アストリッドさま」に歌っていただくなら、たぶんトリスタンを「生き返らせる」もしくは聖書のように「復活させる」んでしょうね。そうすると、すごく納得がいくと思います。フラグスタートでそれをやると、きっとブーイングの嵐です。こういうこと考えるのは、本当に面白いです。
あと、これ、ライトナーの指揮も「サラッと」なので、余計いいような気がします。私の好みなのです。
ジェシー・ノーマン
ちょっと意外なところに行くような感じがするかもしれません。私は、彼女をそんなに聴いたことがなかったのですが、実はすごく特色があって、いい「愛の死」でした。↓
http://www.youtube.com/watch?v=c5_r33sCLYY&feature=related
これって、フラグスタートが「子守唄」、ヴァルナイが「チアー・ソング」だとすれば、「聖歌」ですね。彼女から連想してしまうからゴスペルというイメージになってしまうのかもしれませんが。つまり、ドラマから切り離して、これだけを歌っているという感じですね。個人差があるかもしれませんが、私はノーマンのこの声と、フレーズを一つ一つ慈しむような感じはいいなあ、と思います。
映像も面白いですね。さすがアメリカって感じです。でも、いやみがないです。演奏の最後はブツ切れで、ちょっと残念。指揮とオケは誰でしょうね。

とりあえず、いったん、本気で好きな3人(笑)を終わります。
みんなタイプが違うのは面白いですね。一人として同じ表現はなく、歌い方によって、全然、別のストーリーができてしまうのがオペラの醍醐味かも知れません。