ジークフリートの行動のなぞ〜第2幕第4場

今日は、前回の続きで「神々の黄昏」第2幕第4場を訳しました。ここは緊迫感あふれる音楽で、とてもテンポ良く物語が進んでいきますが、語っている内容はけっこうややこしいものがあります。
コチラです↓
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/201.html
グンターに連行されてきたブリュンヒルデは、ここでジークフリートに会ってびっくりするのですが、ジークフリートが「ぼくはグートルーネと結婚するのさ。君がグンターと結婚するようにね」と言われて愕然とします。そのうえ、ジークフリートの手に指輪を見つけるので、昨夜自分を無理やり妻にした男がグンターではなく、ジークフリートであることに気付きます。
ブリュンヒルデの認識としては、「ジークフリートはグートルーネと結婚したいがために、隠れ頭巾をかぶってグンターと偽り、私をだました」ということになります。
ここで議論になるのが、ジークフリートブリュンヒルデと一夜を明かした時、体の関係を持ったかどうかということです。基本的には、ジークフリートは第1幕の最後で、剣をブリュンヒルデの間に置いて、グンターとの約束を守ることを誓っているわけで、そんなはずはないと思うのですが、ブリュンヒルデの告発を聞いた周りの人は、そう思いこんでしまいます。また、ワーグナーは、わざとだと思うのですが、そのあたりヤケにぼかしたような思わせぶりの表現を登場人物に言わせています。
このへんは、いつもコメントいただいているid:starboardさんのブログのコメント欄に集結した「(ラインの?)三人の乙女」が議論されています。訳すにあたって大変参考になったので、リンクさせてもらいます。(私も参加しているのですが、「ジークフリート」というより「アルベリヒ」というところでしょうか・・・)
http://d.hatena.ne.jp/starboard/20100303#c1268137147
もう一つ不思議なのは、ジークフリートが、ブリュンヒルデから奪った指輪を堂々とはめて現れることです。ブリュンヒルデがそれに気付いたらどうなるか想像がつくはずなので、やや辻褄が合わない感じがします。
とはいえ、あえて解釈すると、ジークフリートは指輪を奪ったあと、昔ずっとはめていた指輪の感触が余りにしっくり来るので、忘れ薬の作用で昨夜のことを忘れてしまい、ファフナーから奪ったものだという記憶だけが残ってしまうのでしょうか?やけに都合のいい薬ですが・・・。
それにしても、かねがね思っていたことですが、この「薬(酒)を飲む」という点で、トリスタンとジークフリートは共通しています。「トリスタンとイゾルデ」では、酒を飲むことをきっかけに、二人は本来の自分に返ります。そのため、トーマス・マンは「愛の薬は、水でも良かったのだ」という卓見を述べているのですが、そうすると、この「ジークフリートの酒」は何なのか?
ブリュンヒルデのことを完全に忘れてしまうわけですから、もちろん水ではないのでしょうが、彼の「潜在的願望」を引き出したという点では同じという解釈もできます。つまり、もともとグートルーネとの浮気願望があったので、こうなってしまったという。そんな感じの演出が多いイメージがあります。
ところで、この場面、ほんとに面白いのは、登場人物それぞれが「全く別の世界」を見ていることです。
ブリュンヒルデは「グートルーネと浮気したジークフリート」を、グートルーネ、グンターは「ブリュンヒルデに手を出したジークフリート」を見ており、ハーゲンはおそらく予想以上の作戦成功にほくそ笑んでいる感じです。いろいろな事実を謎のままにしておくというのも、その点から見ると成功しているかもしれません。見ている側も、舞台上の群衆なみに頭が混乱してくる仕掛けになっているような気がします。
さて、今回も気付いた点を記すと・・・
・第4場の冒頭の「合唱」は、やはり「ブライダルコーラス」なんでしょうね。「明るすぎ」というか「素朴すぎ」で、イローニッシュ(アイロニカル)な感じがします。
・グンターの「お前(グートルーネ)がジークフリートの脇にいるのを見るのは何とも愉快だ」以下は能天気すぎ。何だ、こいつ、と思ってしまう。
・気絶しそうなブリュンヒルデジークフリートが呼び掛ける Erwache,Frau!も、作者の悪意を感じる一言。
・指輪を発見したブリュンヒルデのセリフを「ならば、あの時の男は?」と訳していますが、原文Er?だけなので、訳しすぎかも。
・「どういうことだ?」と叫ぶ話者のリブレットに「女たち」も入っていたのですが、楽譜(及び実演)では入っていないので、訳は楽譜に合わせました。
ブリュンヒルデは指輪のことをPfandと言い、私はこれを「結婚の証」と訳しましたが、これを奪われたことに重大な意味を感じているのはブリュンヒルデだけで、他人にはその意識がありません。
・ハーゲンはブリュンヒルデに「勇気あるお方だ!」といかにも忠誠をよそおって言うが、ここはメロディーラインが同音反復(もしくは短2度)で、わざと抑揚を付けていない所がとても面白いです。ハーゲンの語り口は、全体にそんな感じですね。
ブリュンヒルデの「聖なる神々よ」以下の叫びは、4行目から頭韻だらけ。4行目はSch、5行目はRa、6行目はzが3回繰り返される。ここぞという時に使っている感じがします。
ジークフリートの「ぼくと君の間は剣が隔てていた」という主張に反論するブリュンヒルデのセリフは、1・2行目は、やや意訳。ここで肝心なのは7行目。「ノートゥングは、持ち主(ジークフリート)が伴侶と結ばれたその時には」と言うのですが、「その時」とは「どのとき?」のことですかね?私は、その直前のジークフリートのセリフは昨夜のことを指しているので、それをそのまま受けていると思っていました。そう捉えると、ブリュンヒルデは興奮のあまりこのようなことを言うんだろうなと思えます。ですが、仔細に読むと、ブリュンヒルデは、そんな直近のことは飛び越えて、ジークフリートとの最初の夜(「ジークフリート」の幕切れ)のことを言っているようにも思えてきました。しかし、周囲はそんなことは知らないので、「信義に反したな!」ということになります。
・グンターの「俺まで恥をかいてしまう」というセリフは、ホントにしょうもないです。この兄ちゃんは、自分のことしか考えてません。
ジークフリートが「武器をくれないか?」と言い、ハーゲンが「私の槍の穂先を」というのは、その武器に誓って宣誓し、偽りの誓いなら、それで刺し殺されても構わないということ。これで、第3幕でハーゲンがジークフリートを殺す根拠が生まれます。ハーゲンは、徹底的に「説明責任を果たせるように」行動するのが面白いところですね。実は、その点で、彼はアルベリヒよりもヴォータンに似ているような気が??
ジークフリートの誓いに怒り狂ったブリュンヒルデが乱入するのですが、多分こんな行為は「マナー違反」なんでしょうね。でも、人間のマナーなんか知らない「神様の娘」は、気にせずやってしまいます。
ジークフリートの最後の長いセリフは世慣れた感じで、「ジークフリート」の純朴なイメージとは全然別人。女性蔑視的でもあります。
・「どこかの妖怪の悪だくみが」というのは、無意識的に的確に言い当てていて、これはアルベリヒ及びハーゲンという「妖怪」の悪だくみにほかなりません。
・「ぼくに連れられて来たことをきっと感謝するようになる」というのも人をバカにしたような発言ですが、「トリスタン」も「良かれと思ってイゾルデをマルケ王に娶らせることにした」ことがトリスタンの死の原因となるので、先ほど同様、この点にも面白い共通点があります。
・「みんな!結婚式は陽気じゃなくちゃ!」以下は、オペレッタ風の歌詞(訳が?)ですが、どうもジークフリートのキャラには、こういう子供っぽさがはまる。
・全員、ジークフリートについていってしまうが、どうも世間というのは、深く考えないこういうキャラに人気が集まる傾向があります。(それでいいような気もしていますが・・・。)ところで、「ニーベルングの歌」では、ハーゲンはジークフリートを常に敵視していますが、それは「こいつの存在はヤバい」と思っているためです。このオペラでも、グンター達よりジークフリートに民衆の人気が集まってくる(第3幕の昔語りでも)のは、それに則っている感じがします。

今日は、けっこう一気にやってしまいました。注文していた「コペンハーゲン・リング」が届いたので、ちょうど良かったので、「黄昏」の第2幕から第3幕までを音だけ聴きながら作業してました。おお、それにしても、テオリン、アナセン、いいじゃないですか。実は、グンターの人もうまかったりする。ただ、ハーゲンは・・・?うーむ、これはちょっと変わっている。こんなハーゲンは初めて聴いた。あまりにぶっ飛びすぎで、何と言って良いやら・・・。
このリング、のっけから笑い声あり、銃声(?)みたいのがあり、葬送行進曲やグランド・フィナーレでは子供の泣き声ありで、効果音だらけです。一体、舞台では何をやっているのか???いやが上にも興味が湧きます。
それにしても、テオリンさんは、間もなくまた実演を聴けるというのが楽しみです。「ジークフリート」では「ちょっとだけよ」だったので、今回は存分に聞けます。それにしても、この人の声は、思いっきり私のストライクです。ニルソン系ではなく、アストリッド・ヴァルナイ系です。イゾルデというより、むしろブリュンヒルデな感じですかね。