朝比奈隆のマーラー「9番」

ローエングリン』のキャンセルのお金で買いました。私はこの人の大ファンだから彼のブルックナーのCDをいっぱい持っています。このマーラーの演奏もラジオ等で聴いたことがあるかも知れませんが、CDを持っていなかったので買いました。

マーラー:交響曲第9番(2CD)

マーラー:交響曲第9番(2CD)

う〜む。第1楽章の提示部がすごいグッド!オケ曲の基本は、何と言っても「弦楽器のハーモニーの充実」にあると私は思うので、その点が実に好ましいのです。こんなにヴァイオリンやヴィオラの内声部を聴かせる演奏は稀有です。何度も聴いた曲なのに、新たな発見があるというのが嬉しいです。
私は、朝比奈隆と大阪フィルの演奏は、間違いなく世界的にもハイレヴェルな「日本が最も世界に誇れる演奏」だったと思います。
これは、いろいろな要因から導かれた必然だったと思うのですが、一つには、朝比奈がヴァイオリンという楽器に徹底的に習熟したことにあると思います。先ほどと同じ理由で、私は指揮者というのは、何よりも弦楽器が分かっていなければならないのだと考えます。ちなみに、そのせいなのかピアニストだった指揮者と私の相性は非常に悪いです。(←いつものように、もちろん趣味の問題とご理解ください。)
もう一つは、朝比奈は戦後の一時期ヨーロッパに何度も指揮に行ったので、本場の音が完全に身に付いたことにあると思います。
さらに、大阪フィルと長期的な関係を築いたことにあります。これはとても大事なことです。
最後に、これが一番大事なことですが、彼は「指揮者というのは、唯一自分では音楽を演奏しない人間だということを忘れてはならない。では何をやるのか?徹底的にスコアを勉強することはもちろん、歴史、哲学とか、そういう教養方面の勉強も熱心にしなければならない。そういう知識を指揮者が持っていることが音楽を豊かにするんだ」という趣旨のことを言っています。
彼の演奏は、どんなに年を取っても、おごった所は皆無です。それは、自分を「作曲者の意図」を表現するしもべとみなしているからです。自分より高い存在への「おそれ」を持つことが、彼に見事な演奏をさせていた要因だと思います。
このマーラーの演奏を聴くと、「う〜む。まだまだ山っ気があったな、朝比奈さん。こりゃ、充実の極みだ。」と思います。
ただ、この演奏の唯一の弱点は第2楽章で、これを物凄く「いもっぽく」(←死語ですが)演奏しています。ブルックナースケルツォなら、この素朴さでいいんでしょうけど、マーラーのこの楽章は「オーストリア舞曲の集大成」ですから、もっと洗練した感じでやらねばなりません。まあ、でも、これも許しちゃおうと思います。第3楽章はいいし、第4楽章も弦が素晴らしいので、ものすごく聴けます。最後に観客が叫び出すようなブラヴォーを送っているのもむべなるかな。
これを聴いて、今この時だからこそ、朝比奈さんの颯爽として、それでいて謙虚な指揮の姿を脳裏に思い浮かべています。