コペンハーゲン・リング「黄昏」レビュー(2)

続きで〜す。
・ハーゲンとアルベリヒ
 さて第2幕。やっていることは、偶然の一致なんでしょうが、ウォーナー演出と似ていますね。アルベリヒはうまい。ハーゲンは、第2幕からは、ちょっと調子が悪いんじゃないんだろうか?大声を張り上げる部分はしょうがないけど、第1幕のレベルでやってもらえれば十分聴けると思うので、とても残念。
・第2幕のギービヒ家
 演出は、どんどん現代になってくる感じが面白い。「民衆の召集」場面は、解説書に書いてあるとおり「ユーゴ紛争」「ルワンダ」「スーダン」その他なんですかね。デンマークとか北欧諸国は、PKOとかにキチンと参加しますからね。この辺りの実感は、日本人にわかりにくいし、私もわからないので推測しかできません。アメリカ人は、別の意味で、ものすごくわかるような気がします。この幕のハーゲンは、「自分では手を下さない」黒子としてのイメージが強いから、群衆のシーンは私のイメージとは違います。
ハーゲンの服装はいかにもありそうですが、グンターの格好は何なんでしょうね?どこかの軍隊の将軍なんですかね?むしろ第1次大戦の頃の、どこぞの国の将軍という感じもしますが・・・。でも、この群衆、傭兵みたいに解釈しないと、ちょっとやってることと辻褄合わないような気もしますが。それとも、ここにいる男達って2グループいるんですかね?
ブリュンヒルデの登場
ジークフリートを認めた時のブリュンヒルデの笑顔がいいです。新国でも全く同じような表現をしていました。生で見られて良かった(←マニアック)。コペハンのここからの演出は、なかなか面白いです。人々はブリュンヒルデに「無関心」ですね。これは、そうあるべきだと思います。グッドグッド。歌唱も当然すばらしい。
ジークフリート退場後
ジークフリートがいなくなってからの、ブリュンヒルデの歌い出しが私の「聴き所」です。「ワルキューレ」第3幕で「ワルキューレたちがいなくなった後」の彼女の歌い出しと似ています。このへん、ちょっとテオリンさんはイマイチかも知れません。低音がちょっときついのでしょう。ものすごく低い音です。でも、いったん高くなってからは、さすがです。でも、やっぱりハーゲンの調子がなあ。見かけも声質も悪くないと思うんですけどね。
(思い出しちゃうんですけど、新国では、歌手3人のレベルとバランスが良かったから、この場面はもっと聴けて良かったはずなんですけどね。その日の調子もあったかもしれませんが、何となくオケと不調和なような気がしました。)
この場を総合的に見れば、コペハンは、オケ、ブリュンヒルデ、あとグンターもいいから、かなりドラマティックです。幕切れの、後ろの幕の使い方も効果的。
あと、もう一つ思い出したのですが、新国では、ブリュンヒルデジークフリートを裏切ることに悩んでいて、コペハンにもその要素があるのですが、そこまで極端に表現していません。新国の演出ほど悩んでいると、逆に、何が何だかわからなくなってしまいますね。
・第3幕のラインの娘たちの場面
 「ラインの黄金」冒頭に返りますが、背景が違います。この絵画的な背景と照明は、けっこう好きです。ラインの娘たちは老けてしまっているのですが、この人たちは本当にここにいるのか?ということですね。この演出は、いつもそうですが、表現の意味がよくわかります。だれやすい所なのですが、音楽が、すごくよく聴ける。非常にレベルが高いと思います。アンサンブルが見事。
・ギービヒ家再登場からジークフリートの死まで
 これは第2幕よりも、さらに「PKO派遣中」な感じ。ベレー帽をかぶっている人達が多いのが、そんな印象を持たせます。ジークフリートの演技には、単なる薬というよりは、ヤクの禁断症状みたいな感じが出ている。アナセンはホントに芸達者だわ・・・。薬を飲んだ後は声が一変するので、その表現もうまい。
ジークフリートの最後の歌から葬送行進曲
 最後の歌は演出を含めて言うことなしです。これ見ちゃうと、今後、何を見ても物足りなく思えてしまうかも、とい思わせる演出。これ見ていると、いろいろと考えさせられちゃうものがあります。歌も感動的。葬送行進曲の演出で、ようやく「振り出しに戻る」。この演出のテーマですね。前にも書いたのですが、この曲だけは、舞台で聴かないと、わかりにくいですね。かなりいいオーディオでも、やっぱり分からない何事かがあると思います。
 ところで、ト書きでは、ここで「霧が立ち込める」わけですが、この前ある本を読んでいたら、「スモーク」というものを初めて考えたのもワーグナーらしいので、この場面の初演で使ったんでしょうかね?一文の得にもならなかったことが何ともいえないけど・・・。「アイディア権」というものは今でも無いのですが、今なら装置自体には「実用新案」ぐらい付けておけば収入になったかも?と余計なことを考えてしまった。考えてみると、そのほか「ワーグナーチューバ」も作らせたし、「映画館みたいな観客席」も作ったので、「リング」がきっかけの発明というのは多いですね。まだまだ色々ありそうですが。
ブリュンヒルデの自己犠牲
 この場面の直前で、グートルーネの言葉を聴いたブリュンヒルデが、びっくりして立ち上がる演出はト書きの大意に沿っています。ただ、この演出では、少し別の意味合いを持たせている気がします。グートルーネのほうも、そのあとグンターの遺体に行くから、わりとト書きどおりですね。
イレーネ・テオリンさま・・・。演技を含めて、とても素晴らしいです。「お日さまのように」以下の静かな場面も、彼女の表現は「劇的」。ここは、抑えた静かな表現もいいと思いますが、こういう劇的な表現でも聴けるということを、初めて発見しました。得がたい人です。
演出も、台詞やト書きに合わせて、色々工夫があって面白いです。この演出上の工夫とテオリンの歌唱がものすごくマッチしています。テオリンさんは役になり切る人だと思うのですが、この前の新国の生演奏は、今一つ役に入り切れていなかったような感じです。最終日なので疲れていたような気もしますが。
歌のしめくくりは、観客席を向く伝統的スタイルなので、それ以外に演出上で何か表現したいところですね。やっぱり「グラーネ」がいいと思うんですが。もちろん、私の要求がどんどんハイレベルになっているだけで、この演出でも全然問題ありません。
最終場面の背景の変え方は詩的ですね。赤ん坊を抱いているだけじゃなくて、この背景があるから、絵柄を見ただけでも感動するかも知れません。何で、このDVDのカバー写真を、その「背景入り」の絵にしなかったんだろう?すごく不思議です。
・あとがき
上記に関連して、そもそも、このDVDって、CDショップで見ていたにもかかわらず、あまり興味が湧かなかったのは、カバー写真が今一つダサく見えることにあったのを思い出しました(笑)。あまりファッションとか気にしない私が言うぐらいですから・・・。大多数のおしゃれで繊細な日本人には、カバー写真でのアピールが大事でしょう。演出の中味は、決してダサダサじゃない(と思う)ので、カバー写真で、すごく損していると思います。人物じゃなくて、今みたいに舞台全体をうまく撮るといいんじゃないかな?「黄昏」なら、第2幕でビルを背景に乗用車が出て来るシーンなんかを撮るといいんじゃないんでしょうかね?
なお、「バレンシア・リング」も評判がいいので、ブリュンヒルデが登場するシーンを中心に、ある程度見てみたのですが、その限りでは、コペンハーゲンリングのほうが、私には全然いいです。ただ、バレンシアは、舞台で見ると、けっこうアピールする感じはします。なんか「画家と舞踊の国」の演出だなという気がしますね。私の意見は、「セリフを読みこんでほしい」という「日本では相当変った観客」の意見なので、一般的じゃないかも知れません。バレンシアは、あとオケもいいですね。これ大事で、けっこう聴けます。最近、世界各地の演奏の質が高くなったような気がします。「つい最近まで世界全体の景気が良かった」ことと「ネットで口コミがすぐ伝わるようになった」ことと「趣味の細分化で、あまり有名人がもてはやされなくなったこと」が大きな要因じゃないかと思います。勝手な仮説で、全然信憑性ないですが。バレンシア、歌手もそんなに悪くないですが、コペハンを聴いちゃったからな・・・。特に「黄昏」の「ラブラブ」がちょっと・・・。
いやあ。それにしても、また長々とレビューを書いてしまった。でも、コペンハーゲン・リングはその価値があり、特に「ジークフリート」以降が素晴らしいと思います。演出はもちろんですが、演奏、特に、歌手が総合的にすごくレベルが高いです。この歌手陣は、今のバイロイトより間違いなく上ですね。バイロイトの「演出」は見ていない(見ることが困難)ので、それについては何とも言えないですが。
そうです。コペハンは音だけ聴いていてもいいので、オールド・ファンもおすすめですよ。(←つまり最後にコレを言いたかったのです)それに加えて、この演出ですから、ホントにいい買い物です。カバー写真にだまされないようにしてください(←ふつう、こういう時って日本では逆の意味で言いますね)。間違いなくお得です。
それにしても、コペハンリング「ジークフリート」と「黄昏」について、けっこう克明にレビューしたので、せっかくですから、英訳の抄訳をして、王立劇場に送った方がいいかもしれません。あるいは、日本人が評価してくれたと嬉しく思ってくれるかもしれません。その際、「コペハンリングを見る会」も会員番号2番だと不審なので、22番ぐらいにしておくと信憑性が出るかもしれませんね(これはジョークです)。

・・・それにしても、私のリング・ブームいい加減にしないと、時間がいくらあっても足りないですね。家人に「よくそんな何回も見られるね」とか呆れられ、「自己犠牲は別格だよ」とか意味不明な返答をしてるし・・・。「変り者度」が上がってきてしまいます。とりあえず翻訳は地道に続けたいところ。
・・・と思ったら、「トリスタン」DVDがもうすぐ届くとのメールが今日届いているし・・・。「リング」を離れても「トリスタン」じゃ、また、はまってしまうじゃん。
でも、やっぱりテオリンさんがいいんですよねえ。彼女は激しくブリュンヒルデなので、イゾルデには、そこまで期待していませんが、聴ける所は間違いなく聴けるでしょう。彼女の場合、楽しみなのは、第1幕の「イゾルデのナラティブ」、第2幕の「恋の女神を知らないの?」あたりですね。そのあとの二重唱と「愛の死」は、それほどじゃないんじゃないか?ディーン・スミスも、私はわりと好きなので、そちらにも期待。これはやっぱりトリスタンが良くないと。そこが一番気になります。(←すでにはまってる・・・。こりゃダメだ)