黄昏(4)〜ハーゲンの「美学」〜

やっと、ここまでたどりつきました。ハーゲンのことです。
私は、このキャラ大好きなのですが、これに共感できるということは果たして幸せなことなのでしょうか?
ちなみに、世界文学で言うと、彼は「ハムレット」です。第2幕で、アルベリヒを夢に見る場面、これはハムレットがクローディアス王の夢を見る場面と重なっているように思えます。
しかし、ここでの彼は、シェークスピアで言えば、「主役」ハムレットではなく、「脇役」を演じます。「ジュリアス・シーザー」のアントニー(おとしいれるのはブルータスですが)、「オセロー」のイアーゴのように、彼は詐術の限りを尽くして主人公を陥れようとします。
本来「主役」であるべき知性と能力を持つ男が、彼から見れば「単なるバカ」としか思えないジークフリート、そして腹違いの優柔不断な兄グンターの下風に立っていなければならない、これはこれだけで十分に悲劇です。

さて、対訳に参りますと、
(コチラです↓)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/202.html

・グンターは何を聴いたか?
グンターが、ジークフリートブリュンヒルデとの関係を聴いた時、彼は
Was hör' ich!
と叫びます。私はこれをずうっと対訳のように「何てことを言うんだ!」と理解してきましたが、これをパトリス・シェロー演出のDVDでは、カラスにびっくりして「あの音はなんだ」と言っているということに「びっくり」しました。

これは私の思い違いかな?とも思ったのですが、訳していると、やはりここは私のイメージのほうが正しいような気が?
というのは、その直前のト書きで、グンターは、まさにジークフリートのセリフにびっくりしているのですから。
ですが、それを除くと、シェロー演出のハーゲンは、孤独感むき出しのハーゲンで、私は、これはすごく物語の本質をくみ取った解釈だと思います。全体的に見て、シェロー演出は、物語を読み込んだ素晴らしいものだと私は思います。

ジークフリートは「カラスの声」も聴き取ったか?
ハーゲンの問いかけはこうです。「ならば、あなた(ジークフリート)は、あのカラス達のささやきも聴き取れるのか?」・・・すると、ジークフリートは「激しく飛びはねた」とあるのですが、これはなぜでしょう?
私は、これはジークフリートが「カラスのささやき」をも聴き取ったからだと思います。おそらく、ミーメの時と同じく、ハーゲンの内心の声を聴いたので驚いたのではないでしょうか?

・報復せよ・・・と!
ですが、目ざといハーゲンは、それに気付きます。「今しかない!」とばかりに彼は、ジークフリートに槍を突き立てるのですが、その際のセリフは、「あれは俺への呼びかけだ!報復せよ・・・と!」(Rache rieten sie mir!)です。
この「Rache」をどう訳すかは課題です。私は「報復」と訳したので、これが一番しっくり来るように思うのですが、なぜこれは「報復」なのでしょう?本来、ジークフリートにハーゲンの「報復」を受ける覚えはないのです。
ですが、これは、実はアルベリヒのヴォータンに対する「復讐」です。ハーゲンは、自律的な存在であるようですが、アルベリヒにその「使命」を負わされています。第2幕の冒頭で、「俺は自分のためにやるんだ。誰の指図も受けない!」と言いつつも、彼は実は「父親」なしでは行動できないのです。その悲しみ、そして達成感を、ワーグナーはト書きの中で余すところなく表現しているように思えます。

・ハーゲンのト書き
取り乱す素振りは露ほども見せず、ジークフリートを殺したあと、ハーゲンは「悠然と」去っていきます。
Er wendet sich ruhig zur Seite ab und verliert sich dann einsam über die Höhe, wo man ihn langsam durch die bereits mit der Erscheinung der Raben eingebrochenen Dämmerung von dannen schreiten sieht.
(ハーゲンは悠然とそっぽを向き、一人で岩山の頂を越えて姿を消す。二羽のカラスの出現と同時に辺りをつつみ始めた「黄昏」の中を、ハーゲンはゆっくりと退場していく)

ここで彼は間違いなく「人生の目的」を達成したのです。その達成感が退場していく彼の背中にはあるべきです。しかし、同時にそれは「無力」「孤独」「絶望」の歩みにほかなりません。ですが「悠然」と去っていく「美学」・・・そのオーラが彼の後ろ姿には漂っています。