ラインの黄金の聴きどころを探る

ヨハン)久しぶりですね。今日は、来週の東京春祭「ラインの黄金」の予習ということで。
アンナ)今回あらためて「ライン」を聴いてみましたが、これって音楽だけ聴いていると、あんまり見せ場がないような気がしますね。
トマス)確かにそうですね。ワーグナー作品の中で最も「劇そのもの」という感じで、音楽は比較的脇役な感じがしますね。とりわけ特徴的なのは、魅力的な「歌」が少ないことでしょう。
アンナ)『ラインの黄金』は全体が「セリフ」な感じがします。
ヨハン)当時としては、非常に斬新なスタイルですよね。ミュージカルスタイルからも遠いので、現代でも前衛的かも知れません。
トマス)確かに、ヴァルキューレ』『ジ−クフリート』『神々の黄昏』のほうが、むしろ古いスタイルに戻っていて、『ライン』は最もアヴァンギャルドかも。
アンナ)やはり歌らしい歌が聴けないと、なんか満足できないような。
トマス)それはそれで面白いんですけどねえ。
ヨハン)そう言える人はマニアかも。抜粋でよくやるのは、「前奏曲」「第3場への舞台転換の音楽」「フィナーレ(ヴァルハラ入城の音楽)」ですよね。これは、それぞれに面白いですよね。
アンナ)「前奏曲」は、音楽そのものの発生を描こうという発想自体が凄いと思いますし、「第3場への舞台転換」も地底に降りていくスペクタクル感が凄い。
トマス)フィナーレも前回触れたように「壮大なる空虚感」を大オーケストラでこれでもかと表現するぶっ飛びの音楽です。1850年代の作曲ですからね。日本ではまだ江戸時代ですよ。
アンナ)来週の演奏はコンサート形式ですが、これはオーケストレーションが視覚的に楽しめるがいいところですね。
トマス)いまひとつアリアらしい歌がないということですが、せっかく歌付きで聞けるのですから、個人的には特に2つの箇所に注意して聞いてみたいと思っています。一つは、第2場のローゲの「世界めぐりの歌」、もう一つは、第4場のエルダの歌です。
ヨハン)それって、やっぱりマニアックだと思いますけど(笑)
アンナ)ローゲは面白いキャラですね。
トマス)「ライン」って、結局この人が主導権を握っていますからね。
ヨハン)この「世界めぐりの歌」は、ローゲが、フライアの代わりになるものを探してほうぼう探し回ったが見つからなかったという「苦労話」のところですね。
アンナ)冒頭がとても印象的ですね。バスからチェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン、フルートと低音から次々に楽器が入ってきます。
トマス)スコアを見てたら、面白いことに、スコアが視覚的に前奏曲冒頭とそっくりでした。もちろん意図的にそうしていると思います。
ヨハン)ここだけ嵐の中で急に青空が広がったように、すっきりと明るいオーケストレーションになりますね。
アンナ)たしかに。ウインドソロが次々と入って来て、ここだけ全く別世界な感じがします。
トマス)歌い出す前のセリフで、ローゲは「男にとって女性以上に価値のあるものはない」と歌います。真実だろうと思うのですが、ある意味アケスケに聴こえるので、女性陣(フリッカとフライア)は当惑します。ヴォータンや巨人族は別の意味で困ります。
ヨハン)なるほど。だから「それぞれに当惑する」わけですね。
アンナ)朗々と歌い出すローゲですが、アリア的にはならずに、すぐレチタティーヴォ風になります。「アルベリヒだけは愛よりも権力を選んだ」というあたりから、登場人物はローゲの話術に魅了されていく感じです。

(誰もがびっくりして、各人各様の当惑ぶりを示す)
およそ生き物がうごめくところ、
水中、大地、天上と、
私は尋ねまわり、力が兆し、
芽が萌え出づる所のすべてを探し回りました。
女のもたらす喜びと価値よりも、
男にとって強力なものはないだろうか、と。
ですが、およそ生き物がうごめくところ、
私の知恵を絞った質問は、ただ嘲り笑われるだけでした。
水中、大地、天上の
誰一人として、愛と女を捨てるはずがあろうか・・・と。
しかし、ただ一人、愛を捨てた者に出会いました。
その男は、赤い黄金と引き換えに、女の愛情を捨てたのです。
ライン河の明るい娘たちが、
私に窮状を訴えたのです・・・
このニーベルング族、夜のアルベリヒは、
水遊びをしていたこの娘たちに言い寄って失敗したので、
復讐のため、泥棒となって、
ラインの黄金を奪ったのです。
いまや、この至高の財宝が、彼にとっては、
女の慈愛をも上回る神聖なものとなったのです。
水底から盗まれた
輝くおもちゃを返してよと、
娘たちは私に泣いて訴え、
ヴォータン、あなたにこう嘆願したのです。
「あの盗人をひっ捕らえ、
黄金を再び水中に戻し、
永遠に私たちのものとしてください」と。
(その場の全員が身を乗り出す)
私は、あなた様に必ずや伝えると娘たちに請け合いました。
今ようやく、ローゲの約束は履行されたというわけです。

トマス)ここのローゲのセリフは、あるいは全曲の中で最も長大かも知れません。こういう所が長いところが、ワーグナーっぽいのですが。
アンナ)その点、ローゲ役は大事ですね。
トマス)ローゲはある意味主役ですが、脇役でちょっとしか出て来ないのに大事なのはエルダだと思います。
ヨハン)この劇の大詰めで、話が袋小路に入ったところで、エルダが最終的仲裁者として登場するわけですね。ヴォータンは最高神のはずですが、エルダはそれよりも格が上なんですかね?
トマス)そうだと思います。このストーリーを見る限り、そうなんですよね。ここは非常に重要な場面で、前奏曲では長調であったテーマが、ものすごくゆっくりと短調で現れます。

<エルダ>
(警告するように、ヴォータンに片手を突き出し)
避けよ!ヴォータン!避けよ!
指輪の呪いをまぬがれよ!
お前は、救いようもない暗黒の滅亡に見舞われるぞ。
もしも指輪を所有すれば。 <ヴォータン>
私に警告する女人よ・・・あなたは誰なのだ? <エルダ>
かつて全てがどうであったか・・・私は知っている。
いずれ全てがどうなるのか・・・
それも私には分かる・・・
悠久の世界の原初の波(ウルヴァーラ)、
エルダがお前に警告するのだ。我が三人の娘たち、
世の始まりにあたって産み落としたノルン達は、
私の目にしたことどもを、夜ごとお前に告げているはず。
されど今、未曽有の危機にあたって、
私自らがお前のもとに出向いたのだ。
聴くのだ!聴くのだ!聴くのだ!
今あるものは、全て終わる。
神々の黄昏の暗黒の日が始まろうとしている・・・
だからこそ警告するのだ・・・その指輪には近づくなと!


(エルダの姿は沈んでいき、胸の辺りまでしか見えなくなる。青みがかった光は薄らぎ始める) <ヴォータン>
あなたの言葉には、
気高くも神秘な響きがある。
行かないでくれ・・・私はもっと多くを知りたいのだ! <エルダ>
(沈みゆきながら)
警告したぞ・・・もう十分に分かったろう。
よく思いをめぐらし、先々を心配し、恐れるのだ!

(エルダの姿は完全に消える) <ヴォータン>
どうやって心配したり、恐れたりすることができようか?
あなたをつかまえて、全てのことを理解しないうちには!

アンナ)エルダはヴォータンの心に不安を吹き込むわけですね。あとでヴォータンは「不安でたまらない」と言います。
トマス)その怖れを吹き払うのが、例の「剣の動機」の登場ですね。私の考えでは、おそらく「剣の動機」の意味というのは「怖れの克服」であって、その強さというか勇気というかが、ジークムント、さらにはジークフリートへとつながっていきます。
アンナ)一瞬ヴォータンの偉大さが現れる前回のシーンですね。
トマス)その後、不安に駆られたヴォータンはエルダの「知恵」を手に入れようとエルダのもとに下り、娘のブリュンヒルデを設けます。
ヨハン)それこそが肝心な話だと思うのですが、そこに何の解説もなく『ヴァルキューレ』につながる、というのがワケわからないような気もします(笑)
トマス)『指輪』って、ドラマとしてまとまっているかどうかというのはナゾですよね。
アンナ)ただ、音楽がすごいので納得してしまうという感じです。