リヒャルト・ワーグナーとロマン主義的世界観(第2夜)

前回からの続きです。今回は、少し間奏曲風の内容です。対訳は、タイトルの下のリンク先から、直接飛ぶようになっていますので、ご活用ください。

4 可愛い白鳥よ(『ローエングリン』第3幕)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/1433.html#Schwan
 聖杯騎士ローエングリンが、結婚したばかりのエルザのもとを去り、聖杯のもとへ帰っていく時に歌う別れの音楽。「自分の素姓を聴いてはならない」とのローエングリンとの約束を破ったエルザが悪いとはいえ、そんな非人間的な約束が、人間に守れるはずもない。
 ローエングリンは、エルザの願望に答えて登場した「白鳥の騎士」だが、最後まで神秘的なキャラクターにとどまる。かわいそうなエルザは、この歌のあとで「ショック死」してしまう。上記のストーリーが、日本の「鶴の恩返し」と似ているのはフシギだが、これもドイツの歴史というより、むしろアーサー王伝説の世界から発し、それとの混交から生まれている。
 フォークト氏にとって、この歌は「持ち歌」かも。まさに非現実的な世界からやってきたような透明感があり、昨年の新国立劇場の公演でも、この曲がとりわけ印象的だった。

 ドイツの「SWD2」を見ていたら、こんな記事があったので、19日にネットでも聴けるかも知れません。
http://www.swr.de/swr2/programm/sendungen/zur-person/mein-wagner/-/id=660494/nid=660494/did=11233028/qryvp4/index.html<<

5 ニワトコのモノローグ(『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第2幕)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/139.html#Flieder
これは、やはりハンス・ホッターがいいような気がする。というか、この連載のバスは、ホッターばっかり(笑)
ハンスが歌うハンス・ザックス。先日の予習記事と同じリンク先。
http://www.youtube.com/watch?v=UA5YaxFPJKk
この作品の主人公であるハンス・ザックスは、ワーグナー作品には珍しく(?)バランス感覚のある「大人」である。ニワトコ(もしくはリラ)の花が夕暮れ時に放つ馥郁(ふくいく)とした香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ザックスは、青年騎士ヴァルターの力を借りて、古くさい規則に縛られた「マイスタージンガー(職人歌手)たち」の世界に新風を吹き込む決意を歌う。
しかし、その代償として、彼は自らの再婚願望(現在、妻に先立たれて一人暮らしなので)を諦め、若者達の恋を実らせつつ自分自身は身を引く。そんなハンス・ザックスのロマン的心情は、最初オーボエ・ソロで歌われ、その後何度も繰り返される甘美なモチーフに最もよく表現されている。

先日、こんなCDが発売されていたので、買ってしまいました。音質が悪いものが多いですが、ヒストリカル好きな方にはいいかも。

Great Wagner Singers

Great Wagner Singers

この中に、1942年のアルトゥール・ロテール指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1942)のホッターの歌唱がありましたが、これがまたいいです。なんと第2次世界大戦中の演奏なので、音質が悪いのですが、それでも、このホッターの歌唱が聴けただけで「買ってよかった」と思ってしまいます。1956年バイロイトアンドレ・クリュイタンスのCDも所有しているのですが、ここでも素晴らしい歌唱を聞かせています。ただ、こちらはもっと音質が悪いのが難点。

6 お母さんの胸に抱かれた子供を見た(『パルジファル』第2幕)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/169.html#KUNDRY
 聖女と魔女の二つの顔を持つクンドリーは、パルジファルの母親に成り変わって、我が子に寄せる母の愛情を切々と歌い上げるが、彼女の隠された真の目的は「清らかな愚か者」パルジファルを誘惑して、愛欲と罪の世界へと堕落させることにある。
この歌から始まるシーンは、パルジファルの母親への思慕が女性的なものへの憧れに移り替わってゆくその瞬間を見事に表現していると思う。
この歌のクライマックスは、我が子の帰りを心配して居ても立ってもいられなくなった母親が、その子を抱きしめる速いパッセージ。いかにも母親が駆け寄ってくるような感じがしてしまう。
こんなふうにやられると大概の男は落ちるだろうと思う(笑)が、このあと第2幕の後半でパルジファルに課せられる使命は、愛の苦しみの連鎖を断ち切ること。このあとクンドリーのキスを受けた瞬間、パルジファルは初めて愛の苦しみを理解し、ただの「愚か者」から「人と共に苦しむ」聖者へと変貌していく。

オペ対「動画対訳」をどうぞ。フラグスタートの歌唱。http://www31.atwiki.jp/oper/pages/165.html(ページの右下「幼な子のあなたが母の胸に」です)
やはり、パルジファルの名演といえば、これまでも何度も書いてきたように、ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団の1962年の演奏に尽きると思います。この歌の部分も、アイリーン・ダリスの歌唱と相まって素晴らしいです。「オペ対」動画対訳は、もう一つあり、こちらはクナの1951年の演奏です。こちらの歌は、マルタ・メードル。http://www31.atwiki.jp/oper/pages/2317.html(この動画の35分35秒) こちらの動画だと、第2幕の続きが聴けます。ただ、ヴィントガッセンのパルジファルはイマイチかな。62年のジェス・トーマスが良すぎるので、そう感じるのかも知れませんが。
以前見たクナを特集した映像の中に、メードルのインタビューがあるのですが、「彼を親しみやすいと言う人もいますが、私にとっては近寄りがたい存在でした」と語っていました。これに対して、アストリッド・ヴァルナイは、「クナのゆっくりしたテンポは、きつかったですが、おかげで筋肉がつきました。『クナッパーツブッシュ筋肉』ですね」と、ユーモアを交えて語っていたのが印象的。

7 さらばだ、勇敢で立派な我が子よ(『ヴァルキューレ』第3幕)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/97.html#Feuer
愛と権力の板挟みに立って苦悩する北欧神話の主神ヴォータン(ギリシャ神話のゼウスに相当)は、人間の女との間に設けた男子ジークムントを見殺しにせざるを得なかったばかりか、知恵の女神エルダとの間に設けた愛娘ブリュンヒルデ(9人姉妹のヴァルキューレの長女)をも追放せざるを得ない。
 ブリュンヒルデに与える罰として、ヴォータンは彼女を「眠り姫」(グリム童話の「いばらの姫」)とし、最初に彼女と出会う見知らぬ男の妻にすると宣告する。しかし、せめてジークムントの遺児であるジークフリートと結ばれたいと望むブリュンヒルデの必死の懇願に心をほだされ、ヴォータンはブリュンヒルデの眠る岩山を炎で取り囲み、恐れを知らない英雄ジークフリートだけがブリュンヒルデを妻とするように取り計らう。

こちらもホッターの歌唱。
http://www.youtube.com/watch?v=JR4_9-4cW_o
なお、先ほどのGreat SingersのCDには、これも戦時中1942年のロベルト・ヘーガー指揮ベルリン国立歌劇場(1942)のホッターが歌うヴォータンがあります。さすがに若さを感じさせますね。これもグッド。