伊藤恵さんピアノリサイタル

今日は、紀尾井ホールで、伊藤恵さんのピアノリサイタルを聴いてきました。伊藤恵さんはシューマンのCDが素晴らしいので、最近、何度も聴いていたのですが、ライブで聴いたのは初めて。
曲目は、前半がブラームスの「シューマンの主題による変奏曲」作品9と、シューベルトのD.899「即興曲集」。後半がショパンの「24の前奏曲」。
ブラームスのヴァリエーションは、今回のために予習したのですが、すごく良い曲です。なんで21歳の人がこんな曲を作れるんだろうと思ってしまいます。1854年は、シューマンが自殺未遂を図った年で、ブラームスは物凄いショックを受けたと思います。この作品にも、その深刻な体験が感じられて、胸を打たれます。テーマ自体も、なんか物寂しげで、曲全体にシューマンの強い影響があるのですが、重厚なハーモニーは、やはり後年のブラームスを思わせます。
伊藤さんのピアノは、このようなロマンティシズム濃厚な作品で、やはり絶品のような気がします。ほんとうにドイツロマン派の心が感じられる演奏です。プログラム(寺西基之氏)には、「ブラームスは、シューマン夫妻の絆を示す主題を用いることで、恩人シューマンへのいたわり、夫妻への敬愛の念、自身のクララへの思いなどが複雑に絡む自らの感情を表したのだろう」とあります。そう思いながら聴くと、早くも目頭が熱くなってしまった。最近、涙もろくなってしまって困ります(苦笑)。
さて、シューベルトアンプロンプチュ。今日は、やはりこれを聴きたいな、と思っていたのですが、第1曲冒頭の、行くあてもなくさまようような旋律を奏でる伊藤さんの気魄がすごかった。この息詰まるような緊張感は忘れがたい体験となりました。ここは、それだけ精神を集中させないと乗り切れないパッセージなのだということに気づかされました。
それにしても、この曲こそ、ドイツロマン派の出発点にして、その精華だと思います。そして、曲の後半で、「タタタ・タン、タタタ・タン」と「運命モティーフ」を叩いた後の、バスの大きなうねりは凄まじかった。一体どこに行ってしまうのだろう?という、迷路に迷い込むような不思議な感覚はシューベルトならではのものですが、伊藤さんは、それを過度な陶酔に陥ることなく、すごく揺るぎない客観的なタッチで聴かせてくれているように思えます。この波が引いていくようなリズムとハーモニー進行は、「白鳥の歌」第1曲のテーマへの回帰とも共通しているように思えます。
さて、プログラムノートでは、この曲集は「最終的な形になるまでには多くの紆余曲折があったようだ」とありましたが、確かにこの曲のシューベルトらしくない(?)ムダのなさには驚嘆させられます。もちろん、第2曲、第3曲とも、没頭して夢心地になってしまったのですが、白眉は何と言ってもやはり第4曲でしょう。
こんなに有名で、かつ、こんなに深遠な曲というのもないのではないでしょうか。今回、予習をしていて、あらためて気づいたのですが、主部の最後のほうに左手のシンコペーションで現れる減7の和音。ここは楽譜を見ると、フォルツァンド(fz)の指定なのですが、ここの表現はピアニストによって、かなり異なることに気づきました。私は、アルフレート・ブレンデルのCDの強烈な打音で刷り込まれてしまったので、他のピアニストもそうかと思っていたのですが、フリードリヒ・グルダ内田光子さんで聴くと、かなりぼかした感じです。
今日の伊藤恵さんのライブでは、ぼかすわけではないけど、かなり柔らかな表現ですが、切々とした余韻が残ります。「嘆き」というか「ため息」みたいな感じで、きわめて説得的です。それにしても、今日のこの曲の上演で、すごく感銘を受けたのは、最後に激しくテーマが現れる部分。シューベルトならではの超越感を体験する瞬間でした。とりわけ、ライブ演奏では、残響で音が重なり合って聞こえるため、この「トランス感」が生じるのだと思います。そこに至るまでの速いテンポのトリオの情熱的な解釈も、すごく緊張感にあふれています。
最後のパッセージでは、かなりテンポを落として、別れがたい感じが残ります。う〜む、すごい。これほど密度の濃い時間を味わえたのは良かったです。日常の狭間から、突然、別世界に連れ込まれるような感じ。それだけすごい音です。ものすごい緊張してしまいました。
前半で、ちょっと心臓がドキドキしてしまったので、休憩中はワインを飲んで緊張を緩めました。向かい側のニューオータニを取り巻く新緑が目にまぶしくて、心地よいです。
ショパンは、いい意味で、気楽に聴けていいと思います。さっぱりとした爽やかな音楽。そこがドイツロマン派と異なる所で、ショパンの美点だと思います。もっとも、私は、ショパンはそんなに聴きこんでいないので、あまり批評できないのですが、その分、前半とは違って、子供のように楽しんでしまえるところがあります。
 子供といえば、ピアノリサイタルに久々に行ったのですが、小学生ぐらいの子供たちが「これ、知ってるよね〜」みたいにささやき合っているのが、とても微笑ましい。私自身は、月並みですが、第15曲の「雨だれ」が良かったです。う〜む。なんと、いい曲でしょうね・・・。ライブで聴くと、これ、ほんとにいいですね。淡色な感じがして、日本人好みです。どうして、こんな曲が作れたんだろう?
それにしても、「24の前奏曲」って、小品や大作を散りばめて、一つの作品にしているのがすごく独創的だと思います。万葉集のような多様性の世界に、さらに俳句まで散りばめて、一つの詩集にしているような感じ。このカッコよさは、ライブで聴くと無類だと思います。
子供にとっては、シューベルトブラームスよりも、ショパンがいいでしょうね。ブラームスもそうですが、特にシューベルトは深淵を覗くような音楽で、本質的に大人のための音楽だと思います。でも、即興曲の第4曲は、子供たちも好きなようでしたね。
プログラム記載の、伊藤さんの最新CD「シューベルト作品集5」のガイドにはこうありました。「そして、数多く演奏されながらも、決して色褪せることのない、崇高な美の極致<4つの即興曲 D.899>」。
う〜む。この文章は端的に本質を捉えていますね。本当にそうだと思います。シューベルトの音楽では、何気ないものの中に、突然、超越的なものが降ってきます。私はもともとシューベルトが大好きなのですが、最近ますますエスカレートしてきた感じです。このCDは、リリースされたばかりなので購入して、自宅でまた聴いてしまいました。
今日、忘れがたかったのは、やはりシューベルトの第4曲の最後の、あの「超越の瞬間」ですね。リサイタルの最後に、伊藤さんからのご挨拶があったのですが、こんなにも作品の本質に迫った演奏を長期間継続することは、ほんとうに並大抵なことではないと思います。おかげさまでシューマンシューベルトの作品の本質を理解することができます。シューマンが愛した作品を集めた今日は迫真のライブだったと思います。