東京春祭『マイスタージンガー』鑑賞記

アンナ)今日はみんなでコンサート形式の『マイスタージンガー』を聴きに行ってきました。いかがでしたか?
トマス)いやあ。この曲は、やっぱりいいですよね。久しぶりに聴くと、ほんとにいいなあと思います。いつまでも浸っていたい感じがします。4時間半ぐらい聞いているのに、あっという間だなあと思います。
ヨハン)ええっ?長いですよ(笑)。もちろん面白いですけど。
アンナ)最初の前奏曲から良かったですね。N響はやはり上手いですね。特に、金管パートがすごく安心して聞けます。ホルンが全く音を外したりしないのが素晴らしかったです。
トマス)同感ですね。特にこの作品だと、それを感じます。第2幕の「ニワトコモノローグ」の最初のホルンパッセージとかすごく良かったです。
アンナ)指揮のセバスティアン・ヴァイグレさんは、初めて生で見ましたが、すごくカッコいい人でしたね。どうでもいいことで恐縮ですが・・・。
トマス)いや。指揮者はやはりルックスが大事ですね(笑)
ヨハン)演奏も大向こうを狙うのではなくて、堅実な感じです。
トマス)この東京春祭のワーグナーチクルスは、そういうタイプの指揮者が多いですね。私は、すごく好感です。
ヨハン)歌手陣がニコニコッとしてたのが印象的でした。やはり、これは喜劇なんですね。
アンナ)聞いていて幸せになる曲ですよね。だから人気が高いのかも。「完売御礼」だったみたいですし。
トマス)だから、基本的にあまり「深読み」しなくていい曲なんですよ。
アンナ)ダーフィトのヨルグ・シュナイダーさんとマグダレーネのステラ・グレゴリアンさんがニコニコしていたのも良かったですね。
トマス)私は、個人的には、このステラさんがとても気に入ってしまいました・・・。グルジアの方なんですね。第2幕の最後の「殴り合いの合唱」で、一人だけステージに残ったので、つい見入ってしまいました。
ヨハン)確かに、ステラさんは良かったですね〜。
アンナ)二人とも何なんですか・・・。ロシア周辺の女性って綺麗ですけどね。背もちっちゃめですね。ぽっちゃりしているヨルグさんと、お似合いのカップルな感じがしました。
トマス)ヨルグさんは、ダーフィトのキャラにピッタリはまっていましたね。とてもコミカルな感じで好印象。
ヨハン)肝心のハンス・ザックスのアラン・ヘルドさんはいかがでしたか?第2幕の「ニワトコのモノローグ」や第3幕の「狂気(迷い)のモノローグ」など、予習して行ったのでドキドキでしたが、すごく良かったと思います。
トマス)そうですね。とても良かったと思います。ただちょっと心配したのは第1幕の歌唱で、イマイチだったのですごく心配してしまいましたが、第2幕に入ったら良かったのでホッとしました。第3幕も、やや不安定な箇所があったのですが、最初と最後のモノローグは良かったです。
アンナ)思うに、有名な所と、流す所とで使い分けていたような気が?でも、2日間しかない公演ですから、この作品の場合、それはそれで許されるように思います。
トマス)そうですね。ただ一つ、すごく残念だったのは、第3幕のエヴァとヴァルターが結ばれるシーンでのザックスの「グチ」。ここってすごく心に沁みるんですが、オケともども、ちょっと「流してる感」がありました。
アンナ)この歌は、たぶん今のトマスさんの心境に合っているんですかね(笑)
トマス)靴屋をやりながら詩人なんて・・・。いっそ靴屋なんぞやめてしまいたい!と。「うん、分かる、分かる」と頷いてしまいます。こういう気持ちが分かるようになって「俺も年取ったな」と(爆)
ヨハン)ふ〜む。そういうものですか。
アンナ)これはきっとワーグナー自身の想いだったんでしょうね。資金集めのために演奏旅行などで奔走していますから。
トマス)ワーグナーがここで、このザックスの「グチ」というか「本音」を入れたことは、とても面白いことだと思います。ザックスを、「政治的人間」とか言う言い方がありますが、本当にそれだけだとしたら、人前で本音を絶対に言うはずはないですよね。でも、ここで思い余って、つい本音を語ってしまう所に、ザックスの真に人間的な魅力があると思うんですよ。
ヨハン)それも計算ずくということでは?
トマス)いや。絶対にそんなことはないですね。仮にそうだとしたら、そんなキャラクターを創造して何が楽しいんですかね?なぜ、必要以上に深読みしようとするのかフシギです。
アンナ)その点、ベックメッサーは、ザックスに比べて単純なキャラですよね。アドリアン・エレート氏はすごく良かったですよね。
ヨハン)すごくムードのある歌手ですよね。声といい、ルックスといい(?)、ピタッとはまっています。
トマス)この方は、2008年のティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場のDVDのベックメサーでした。今回、ライブで聴けてすごく良かったです。
ヨハン)第2幕後半のセレナーデとか、第3幕のメチャメチャな歌詞のアリアで噴き出しそうになりました。日本語訳が面白かったです。
トマス)なかなかウマい訳でしたよね。ここは訳し甲斐があると思うので、私もいずれ挑戦してみようと思います。
ヨハン)ガイドブックを読んでいると、みんなでベックメッサーを「いじめている」という解説がよくあるのですが・・・。
トマス)う〜ん。それもやはり「深読み」ですよ。なんでそうなるんですかね?ベックメサーは「マイスタージンガー」たちの支持を得ているし、どう考えても「多数派」の側なんですよ。だからこそ、ザックスは「安んじて」彼にいやがらせをするのです。ベックメッサーは、都合の悪いことは全部人に責任を押し付けるキャラなわけですから、反省などするはずはありません。この「歌い損ね」事件があった後も、きっと何事もなかったかのように人前に現れ、ブツブツとボヤくんですよ。
アンナ)確かにそうですよね(笑)。まあ、残念ながら割とよくいますよね。こういうキャラ。
トマス)だから、別にいじめているわけじゃないんですよ。むしろ、自分の中にも一部こんな人格がいるよなあ・・・と思うタイプ。
アンナ)ライヴァルのヴァルターは血気盛んな若者で、これはこれでよくいるタイプ。第2幕でエーファが「男の人って面倒くさいなあ」とつぶやきます。ここは「うん。わかる、わかる」(笑)と激しく同感。
トマス)でも、その心根はまっすぐなんですよ。ヴァルターは私はすごく好きなキャラです。こちらもよく「能天気なキャラ」とか批評されますが、なんでそういう解釈になるんでしょうかね?若者らしくていいじゃないですか。
ヨハン)最後の「マイスターにはなりたくない」というのがワガママだということでは?
トマス)そうですかね?そりゃなりたくないでしょう。だから、私は、ここでも「本音」を言うのがこのオペラの良さだと思うんですよ。ザックスもヴァルターのその気持ちがわかるからこそ、そのあとの最後のモノローグが生きてきます。これは政治発言でも何でもありません。ハンス・ザックスの嘘偽らざる正直な気持ちなのです。
アンナ)ヴァルターのクラウス・フロリアン・フォークトさんは、やはり良かったですね。
トマス)うん。やはりこの人はいいと思う。声量があるし、声もきれい。あえて一つだけ難を言えば、声量があるために、力任せで大味に感じられる時があります。でも、これはよくあることなので、そんなにマイナスというわけでもないかな?ドイツでも大人気なようなので、日本によく来てくれるのはありがたいですね。
ヨハン)エーファ役は、キャスティング変更ということで、アンナ・ガブラーさんでした。
アンナ)この方もよかったですね。
トマス)とても良かったです。彼女が歌い始める」第3幕の5重唱のアンサンブルも良かったですね。ここは、エーファが最初に入り、そこからザックス、ヴァルターと入るのですが、私としては、今回の公演のこの5重唱はかなりグッドだったと思います。とても貴重な体験でした。
アンナ)ポーグナー役のギュンター・グロイスベックさんも良かったですよ。
トマス)昨年の新国立劇場ローエングリン』のハインリヒ王でしたね。この方もすごくイイです。「夜警」役も兼ねていたので、第2幕の幕切れは出たり入ったりで忙しそうでした。ポーグナー役って、なにげに大事ですよね。
ヨハン)ところで、「マイスタージンガーたち」というタイトルの割に、マイスタージンガーって、ちょっと影が薄いですよね。
トマス・アンナ)・・・・・・・
ヨハン)ぼく、何かイケナイことを言ってしまいましたかね。
トマス)これはきちんと歌って当たり前みたいな役なので、ほんとに「縁の下の力持ち」ですよね。あまり見せ場はないのですが、すごく重要です。こちらはオール日本人キャストでしたが、皆さんとても良かったと思いますよ。
アンナ)東京オペラシンガーズの合唱も良かったですね。「目覚めよ」の合唱とか、ほんとうに素晴らしかったです。終曲の合唱も。
トマス)同感です。今回、コンサート形式ということで、字幕を正面に映していたのは良かったです。かなり勉強になりました。なるほどと思ったり、そこは違うよな、と思ったり・・・。この体験を、いずれ活かしたいと思います。
アンナ)やはり、『マイスタージンガー』はいいですね。夢の世界ですよね。
トマス)後を引く感じです。明日から現実世界に戻れるかな?という感じ。ワーグナー作品を聴くと、いつもそうなのですが。