パルジファル鑑賞記〜初恋の絶対性

先週の二期会パルジファル」は本当によかったです。感想をさらに対談形式で書いてみました。引用するのはヒストリカル動画で残念ですが・・・。興味のある方は、ぜひバイロイト1962年盤を手に入れてくださいね。業界関係者ではないのですが(笑)、音質がいいほうがよりいいので。

トマス)二期会の『パルジファル』はいかがでしたか?私は、たいへん素晴らしい公演だったと思います。16日・17日と連日かよってしまいましたよ。
ヨハン)実はワーグナーを初めて見たのですが、実際に見てみると、あっという間に時間が流れてしまう感じですね。
アンナ)私もこの公演はとてもよかったと思います。演出も面白かったですが、なんといっても飯守泰次郎氏の指揮ですかね。読売日響と醸し出す響きが素晴らしかったです。歌手陣や合唱も熱演ですごかったと思います。トマスさんは、どこが一番印象に残りましたか?
トマス)常にそうなのですが、この作品で最も心に残るのは、やはり第2幕半ばのパルジファルの「アンフォルタス!」の叫び(http://www.youtube.com/watch?v=xXT6Ww1ges4 47分25秒)ですかね。16日の福井敬さんのそれは絶品でした。耳に焼き付いて離れないですよ。
ヨハン)ああ、私もその日に行ったのですが、確かにそうでした。すごく心にグイッとくるものがありましたね。その歌のあとから弦楽器が音階で落ちていくのも凄く印象的。奈落の底へと突き落とされてしまうような感じです。
トマス)ほんとにそのとおりで、ここが最大の「聴かせどころ」かも知れませんね。そして、ここからのパルジファルのセリフもグッとくるんですよ。
アンナ)オケについて言うと、パルジファルの叫びの直後に一瞬だけ音楽が止まって、木管楽器だけが出てくるところがありますが、これってフシギですね。録音だとそれほどは印象的でもないのですが(47分53秒)。
トマス)同感。実演だとすごく印象的ですね。
ヨハン)二人ともマニアックすぎですよ(笑)。ただ、この音楽は「入魂」だなあ、と私も思いますし、すごく心を動かされます。その理由は何なんでしょうかね?
トマス)私が思うに、パルジファルの叫びは、「自分の内側から突きあげてくるこの感情って何なんだ?」ということだと思います。そういう経験って、きっと誰にでもありますよね。
ヨハン)ああ。そう言われるとそうですね。初恋みたいな感じでしょうか。
アンナ)ヨハンもうまいことを言うなあ・・・(笑)。でも、言い得て妙かも・・・。確かに、パルジファルって、ここで初めて恋を知るわけですからね。そういう胸の疼きみたいなものが、このパルジファルの歌には出ていますよね。私も、このシーンはすごく好きなんですよ。
トマス)私もヨハンの言い方はうまいなあ、と思います。確かにそうですね・・・。ここに表現されているのは「初恋の絶対性」ですね。
ヨハン)なんか取り替えのきかない一度限りのものがこの音楽にはあるような気がします。
アンナ)でも、パルジファルが「罪」を意識するというのは、どういうことでしょうかね?男の人って、みんなそういう意識を持つものなんですかね?
トマス)これは人それぞれかも知れませんが・・・。あえて言いますが、私は初めてほんとうに女性を好きになった時、すごく強く「聖」と「罪」の両面の感情を抱いたんですよ。それが挫折してガックリきて、18歳の時に初めて「パルジファル」をCDで聴いたのですが「こっ・・・これは!」と思ったんですね。そこに私のワーグナー体験の原点があったと思います。
ヨハン)そうすると、やはり「パルジファル」は、「聖なるもの」と「罪なるもの」の二元論なんですかね?
トマス)ついそう思えてしまうのですが、そう思ってしまうのはいわば「理性の仕業」なのだと思います。ワーグナーがこのパルジファルのセリフをとおして表現していることは、言ってみれば「自分の欲求の価値」です。それが「聖」なものであれ「邪」なものであれ、自分が生きている価値は今現在の自分の欲求の中にしかない。そのことを見いだす瞬間こそが「至高のもの」なのだと思います。
アンナ)「瞳はくぐもったまま聖杯を見つめる」(49分46秒)というところから音楽は歩みを止めて、ぞっとするような静けさになりますね。そしてイエス・キリストに成り替わるように「助けてくれ!救ってくれ!」(51分29秒)と呼びかけます。
トマス)ここも福井さんの歌唱が素晴らしかったです。
ヨハン)ああ・・・。この真摯な祈りの瞬間は、すごかったですね・・・。
アンナ)そのセリフのあとに、弦楽の痛切なラメント(52分03秒)が続くんですよ。これはいつ聴いてもすごい。
ヨハン)オケがセリフ以上に「内側からこみあげる感情」を表現しているような気がします。
トマス)私見では「パルジファル」の音楽のところどころに「バッハの1870~80年代アレンジ」があるんだと思います。もちろん、その意味は単なるテクニカルなものだけではなくて、すごくスピリチュアルなものなんですよ。この時代のヨーロッパでそこまでの音楽作品を生み出せた人は、たぶんワーグナーブラームスだけですね。だからこそビッグネームなのですが。
アンナ)ちょっと視点は変わりますが、一気に少年から大人の男に変貌するパルジファルが超カワイイんですよ・・・。なんか、とってもいじらしくて、ドキドキしてしまいます。
ヨハン)いやあ・・・ぼくにもそんな時があったような気がします・・・。
アンナ)今のヨハンは全然そんなふうに思えないけどなあ・・・。
ヨハン)・・・。
トマス)初恋というのはたいがい挫折するものだし、むしろそれでいいのだと思います。ですが、その体験は比喩的に言えば多くの男性の心にクリングゾルとアンフォルタスの両者を生み出すような気がします。クリングゾルは「権力の道」でアンフォルタスは「芸術の道」と言ってもいいかも知れません。しかし、パルジファルはそれを統合して和解へと導きます。
アンナ)「和解」と言えば、今回の演出のフィナーレはクリングゾルとアンフォルタスの「和解」でしたね。
トマス)私にはそれがすごく印象的でした。演出家(クラウス・グート)は、そのあたり、すごくきちんと作品を読み込んで、一貫性のある解釈としていますね。ただ、だからこそ、パルジファルの最後の姿はあまり釈然としません。
ヨハン)結局、「社会」と「個人」とは重なり合わない、ということなんでしょうかね・・・。
トマス)まさにそういう意図だと思います。でも私は今だからこそ「傷を癒してくれる真に肯定的なパルジファル」像というのがあっていいんだと思います。
アンナ)でも「パルジファル」のラストの音楽って「究極的癒し」ですよね。ライブで聴くとほんとにそう思う。「ああ・・・いつまでも終わらないで・・・」ってな感じです。
トマス)ほんとですねえ。ワーグナーの音楽の「決定的ラスト」ですからね。これはCDだけではなく、よい実演を何度でも聴いたほうがいいと思います。今回は、そんな経験が二日連続でできて、ほんとうにしあわせでした。このフィナーレの音楽の「奇蹟の秘密」は、最後の最後で中音域でホルンが入ってくるところですかね。
アンナ)ワーグナーって聴けば聞くほど味わい深いですよね・・・。そういう私はヘンでしょうか(笑)