コジファントゥッテ・オールジャパニーズパフォーマンス(May15th)

新国立劇場の中劇場で日本人カヴァー歌手によるコンサート形式の『コジ・ファン・トゥッテ』に行ってきたのですが、とても良かったです。これほどいい上演を楽しめれば大満足で何も言うことはありません。
何といっても女性陣3人がみなさん良かったです。佐藤康子さんのフィオルデリージがとりわけ良くて、ふくらみがあって艶やかな実に心地良い声です。表現力もあり、定番の「岩のアリア」がとりわけ良かったですが、そのほかも見事な歌唱で、最後に「落ちる」箇所の声なんかも絶品でした。しかも笑顔がチャーミングです。
一方、ドラベッラの小野和歌子さんの歌にも目を開かされました。私はドラベッラのアリアというのはフィオルデリージに比べて音楽的に一段落ちるように思っていたのですが、これは勝手な思い込みで、そうじゃないことが分かりました。第2幕のアリアを実に軽やかに楽しそうに歌うので「おお。これはこんないい歌だったか」と思いました。あと小野さんはすごくスタイルがいいので、「こんなに細くて良くこんなにいい声が出るなあ」と思いました。
デスピーナの久嶋香奈枝さんは声もそうですが、なかなかの演技派です。醸し出す雰囲気が実にデスピーナっぽい(笑)。第2幕冒頭のアリアは彼女ならもっと表現できそうな気がしましたが、第1幕のアリアが良かったです。それにしても彼女は小さいですね。世界最小のオペラ歌手かも知れません。未確認情報ですが(笑)。この前のバルバリーナの時も思ったのですが、彼女はこれからとても伸びるだろう期待の人だと思います。
とはいえ、今日の演目で何といっても良かったのは佐藤さんと小野さんでしょう。この2人はデュエットも相性ぴったりで、もう最初の登場から「うっとり」でした。
決してあら探しではないのですが、男性陣に移ると、やや残念なのは第1幕で彼氏が行ってしまう舟を見送る姉妹とドン・アルフォンソの三重唱ですね。佐藤泰弘氏のアルフォンソが、ちょっと合わせるのに失敗してしまった感じです。ここはいい所なので残念でした。佐藤さんは声による演技もうまいし雰囲気作りもうまいので、かなりマルですが、たまにズレる所があったのが気になりました。
フェルランドの鈴木准さんもやや不安定な所があるのが残念でしたが、声はリリカルでいい感じなのでこれから更に期待です。
男性陣で一番良かったのはグリエルモの吉川健一氏で、演技が面白いし、歌も良いです。というか、演技がうまいから歌も良くなる感じですかね。ユーモラスで面白かったです。
トータルすれば、女性陣に比べると男性陣がソロではもう一つのように感じましたが、6重唱などアンサンブルはとても良かったです。
演奏のほうは、思った以上に小編成の弦楽アンサンブルでしたが、この程度の大きさのホールだと逆に過不足がない感じですね。管楽器のパートはピアノ(石野真穂さん)で表現しているのですが、かえって音楽の構造を浮き彫りにする感じで得がたい体験でした。編曲って啓発的なので、これはとても面白かったです。
それにしても、指揮の石坂宏さんはすごいですね。指揮をしつつ、レチタティーヴォ部分ではチェンバロまで弾いています。このような方が日頃は舞台裏にいるというのはすごいことですね。コンサート開始前に今回の企画を立案された劇場総監督の尾高忠明氏が挨拶されていましたが、今後もこのような企画をぜひ続けてほしいと思います。
あと今回よかったのは後ろのスクリーンに「横書き」で字幕を投影していたことです。コンサート形式ならではですが、とても見やすい上に、翻訳も臨場感のある分かりやすい訳で、とても良かったです。
最近、私は自分なりにこのオペラのストーリーの深みというのが分かってきたように思うのですが、台本と音楽を素直に受け取る限りフェルランドとフィオルデリージの関係は「本気」だということがわかります。だから、結婚式の場面の四重唱でグリエルモは文句を言っているのに、フェルランドは女性2人と和して歌います。その意味では、このカップルはそのまま結婚しても構わないはずなのに、ダ・ポンテ=モーツァルトは、あえてもう一度ひっくり返します。よく「このストーリーはこの先どうなるんだ」という疑問がありますが、おそらく答えは単純で「元の鞘に収まるのは最悪。フェルランドとフィオルデリージはくっついて、グリエルモとドラベッラはそのままシングルで遊び続ける」ということでしょう。おそらくは、それが四者にとってハッピーです。だからFのイニシャルが共有されているんだろうと感じます。
これはこれで「まじめすぎる解釈」かも知れませんが、このテーマを巡ってはいろいろ考えられるような感じがします。たぶんあらゆるオペラで最も多様な解釈を許す脚本と音楽です。これはハマればハマるほど奥深い感じですね。2週間後の本番公演も楽しみです。