新国立劇場「アラベラ」(1)〜第3幕の演出コンセプトは?

昨日、10月2日の初日を見て来ました。一言で言うと「とても満足」でした。歌手は全体的に安定しているし、演奏も良かったです。演出は、色調の美しい舞台で、これは前評判どおり。ストーリーについては、もっと色々やるかと思っていたのですが、その点も良かれ悪しかれ、わりと普通の演出でした。
アルロー氏の演出についてですが、プログラムにも書いてあった通り、「このオペラは『アラベラ』ではなく『ズデンカ』というタイトルのほうが良かった」とのご意見です。ですから、もっとズデンカに焦点が当たっているのかと思ったのですが、私にはあまりそのへんがピンと来なかったです。そのため、結果的に、かなりオーソドックスな演出のように思えました。ただ、青を基調にした舞台や照明がとてもきれいですし、第1幕でブラインドを開けると雪が降っていたりするのは、なかなか詩的でいいと思います。変に奇抜じゃなく、こういう、きれいな舞台のほうがいいです。
演出上の時代設定は1930年代のウィーンと書いてありました。これは考えてみると、このオペラが初演されたのが1933年で、ちょうどその頃ということになりますね。また、台本上の舞台設定である1860年はその時から約70年前なのですが、1930年代だと現在(2010年)から見ても約70年前なので、二重に面白い設定だと思います。
あと、以前読んだ記事で、アルロー氏は、マンドリカはただの粗野な成り上がり者だと断じていたと思うのですが、そのコンセプトは、第1幕のヴァルトナー氏とのやり取りに良く出ていました。金にものを言わせる成金みたいなイメージです。
そんなマンドリカに比べると、マッテオは第2幕でピストルを頭に突きつけるのですが、これは分かりやすかったです。これでは助けたくなります。ただ、どうせなら、もっとズデンカがそれに絡んだ方がいいような気もしました。
総じて第2幕までは、すごくオーソドックスで、意外感はほとんどない演出でした。意外だったのは、第3幕です。ここは、けっこういろんな点が気になりました。
・ズデンカはすぐ階段を駆け下りてこないで、ちょっと段上で躊躇している感じがしたので、なんか不思議な気がしました。
・その後、ズデンカとマッテオは、ほぼ1回も絡まないまま、別れて行く。
・マッテオは、最後に未練っぽくアラベラを見ながら立ち去って行く。
・ヴァルトナー氏は、なぜかマッテオとピストルを向け合い、決闘しようとする。(本来、決闘の相手はマンドリカであるはずです。一方、マンドリカが決闘しようと思っている相手はマッテオです。ヴァルトナーとマッテオは決闘する理由がないはずなのですが??)
上記は全て「普通じゃない」ので、たぶん何か意味があるんだろうと思うのですが、どう解釈すればいいのかが、その場では分かりませんでした。特に、マッテオがズデンカと結婚することに納得していない印象を受けるので、マンドリカが「結婚の申し込みです!」(字幕はそんな翻訳でした)と言って、マッテオを連れて行くのは「むりやり」な感じに見えます。というより、まさに、そう解釈すべきなんでしょうかね?だとすれば、ズデンカがかなり可哀想な気がします。
確かにここは、この脚本の最も「非合理的な」箇所でしょう。今まで男だと思っていた友達が、いきなり女だと分かって、しかもその人と一夜を共にしたと思えば、頭がこんがらがって気持ちの整理がつくはずがありません。ですから、マッテオが納得していないように描くというのは、むしろ「現実的な」解釈だと思います。マッテオのセリフ「こうなることを初めから予感していたみたいだ!」なんて、そんなことは有り得ないということでしょうかね。
しかし、まさに、こういう「おとぎ話みたいなこと」を実現させるというのが、ホフマンスタールシュトラウスの本来の意図のような気がします。ですから、ズデンカ・マッテオのカップルが「初めから予感していたみたい」に結ばれることが、むしろ演出上の最重要のポイントなはずなんだけどなあ・・・と考えました。この作品のオペラ化をしつこく勧めたホフマンスタールの意図は「舞台上だけでも夢を現実化する」ということにあったような気がします。
このあたりは演出意図がイマイチ分からなかったのですが、最後にアラベラがグラスを持って来るファイナルシーンでは、どのみち全てがハッピーエンドになりますね。このオペラは、結局これを聴くだけで、劇場に足を運ぶ価値はあると思います。あと、カイルベルト盤ではカットしているシーンをきちんと上演していたのはポイントが高いですね。アラベラとズデンカが、互いに相手を褒め合う大事な台詞なのに、なぜカットする慣習があるんでしょう?音楽もいいので、不思議です。
まあ、演出はなんだかんだ言っても、きれいな舞台なので良かったです。森英恵さんの衣裳は、そういうことに疎い私が言うことは特にないのですが、時代設定に即しているようで、斬新な印象はありませんでした。(これも良かれ悪しかれか?)でも、演出はきれいな色調でしたし、全般に安心して見られたので良かったです。
ところで、私個人の意見としては、ズデンカが大事なことはもちろんですが、このオペラはアラベラの心理描写が詳しいので、「彼女はなぜマンドリカと結婚したのか?」という所に焦点を当てた方が、実は、むしろ現代的なような気もします。
もっとも、演出評については、あくまで私の理解力の範囲なので、見方が間違っている所があるかも知れませんが・・・。
演奏については、稿をあらためます。