ハーゲンの「見張り歌」
「神々の黄昏」第1幕で、旅立っていくジークフリートとグンターを送り出してハーゲンが歌うシーンを訳しました。
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/198.html
それにしても、最初のハーゲンの5行!ニヒルでカッコよすぎです!この部分は、確かトーマス・マンも言及していたような気がしますが、なんかハーゲンというのは「男が共感できるキャラ」のような気がします。
朝比奈隆のCDを聴いていて、久しぶりに解説書を見直していたのですが、新日フィルの事務局の松原さんという方が「ワーグナーはハーゲンではないか?」とおっしゃっていました。私は「ワーグナーはこの物語のすべてのキャラだ」と思っているのですが、もちろんハーゲンでもあり、確かに「とりわけ」ハーゲンである部分もあります。
一番の共通点は「出生の秘密」でしょうね。ハーゲンにとっては「アルベリヒから生まれた」ことが全てを規定していますが、ワーグナーにとっては「どちらの父親から生まれたかわからない」ということが、創作のすべての原点になっていると私は思います。
さて、以下は例によって「気付いた点の箇条書き」です。
・グンターの言う「愛想のない」は、原文unfrohは辞書にありません。unfreundlichみたいな感じで訳しました。
・ジークフリートは、グンターに「そのあと、その女を連れ帰るんだ」と言いますが、ブリュンヒルデのことを「その女」って本当に痛ましいですね。
・グンターの「ハーゲン!お前はこの家の番をしていろ!」は、「できるだけハーゲンにとって屈辱的」に訳しました。
・私のグートルーネ像は「かわいらしい」人です。性格は善良なのですが、「箱入り娘」なため、わがままな面があり、ついつい、人を傷つけてしまいます。よく彼女について、悪く取る見方があるのですが、私はそれに与しません。理由は単純で、そう取ると、話がつまらなくなるからです。この「傷つける性格」は、実はワーグナーの創作ではなく、「ニーベルングの歌」から直接来ていると思います。ここでは、クリームヒルト(グートルーネ)は身分のことでブリュンヒルデと口論になって、あろうことか「あんたをつかまえたのは、私の夫ジークフリートよ!」と暴露して、それが全ての血の惨劇の引き金になります。
さて「見張り歌」。このジャンルは、ワーグナーに限らずわりと伝統的なものだと思いますが、彼はこういうの大好きなんでしょうねえ。「オランダ人」も冒頭から「見張り歌」ですし、「トリスタン」は冒頭もそうですが、なんといっても第2幕の「ブランゲーネの見張り歌」があります。
・はじめは五七調で訳しました。わざと、というより勝手にそうなった感じですね。これは「アリア」です。
・Gefahrを「ピンチ」と訳しましたが、「危険」や「危難」じゃ、現代では、ちょっと切迫感が伝わらない感じがしたもので。
・次の行「しかも」を入れましたが、どうでしょうね?ここから「五七」を崩して変化を出しました。
・「自由な子らよ。陽気な奴らよ」・・・いいなあ、このルサンチマン感(笑)。「自由な」と言うからには、ハーゲン自身は「自由」ではありません。前述のように、彼は「父親に支配」されています。第2幕では「陽気な奴らを憎め!」とアルベリヒは言うので、それに対応しています。
・「下流」と見ているが・・・。ここは色々と考えました。niedrigとNibrungが頭韻を踏んでいます。普通に訳すと「見下しているが」ぐらいが妥当でしょうが、お気付きのように、この訳では「できるだけ現代日本風に訳したい」ということで、こう訳しました。初めは、「お前らは俺をニートと見下しているが」と頭韻を踏もうとも考えたのですが「やりすぎ」のような感じがしたので。(まだ「やりすぎ」か?)
それにしても、ハーゲンは、なぜこんなにも劣等感を感じて生きねばならなかったのか?「部下の人望も厚い(第2幕で証明されます)番頭さん」として、なぜ生きられなかったのか?
彼は、実は、ジークフリートの「さわやかな生き方」にものすごく嫉妬していると思います。良く言われることですが「女性の嫉妬」は表面化している分、大したことはありません。「男の嫉妬」はもっとすごく根深いものです。それは、このオペラで描かれている如くに静かに進行し、すべてを破壊します。
正直言って、私がこの作品を知って良かったなあ、とつくづく思うのは、「自分の中のそうしたもの」を客観的に見ることができる、ということです。聴くたびに、ハーゲンに感情移入し、彼が「指輪の最後のセリフ」を言い、滅びることに「癒し」を感じます。
私はそうなのですが、案外、こういう聴き方をしていると書いている人はいないですね。
ハーゲンみたいな人物は、オペラではけっこういるような気もしますが、セリフにせよ、音楽にせよ、ここまで表現しつくしたのは、良くも悪しくも(笑)ワーグナーが初めてだと思います。
Youtubeで、Hagen's watch と検索すると、↓が出てきますので、貼っときます。
http://www.youtube.com/watch?v=AV43HVl59c0
メトのザルミネンですが、これは好きですねえ。ザルミネンの影のある表情が好き。でも、このアリアは、どの演奏を聴いても、みんなうまいですね。バスにとって歌いやすい、すごくいい歌のような気がします。