ハーゲンの非常呼集〜「神々の黄昏」第2幕第3場

今日は、前回に引き続き、ハーゲン特集です。
対訳はコチラを↓
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/200.html
この場面では、ハーゲンがギービヒ家の住民に「動員」をかけるのですが、ハーゲンの歌と合唱のかけあいが面白いので、けっこうファンの方が多いような気がします。
ところで、この場面、合唱が「ハーゲン!ハーゲン!」と執拗に繰り返すのですが、日本語だと「は〜げ!は〜げ!」と聴こえて、この前のサルミネンのような歌手だと「気にしてることを言うな!」とか、なりそうです。
さて、冗談はさておき、今回も箇条書きで。
・まず最初のト書きに出て来る「シュティーアホルン」は直訳すると「雄牛のホルン」なのですが、一体どんな楽器なんでしょうか?朝比奈CDの解説書を見ていたら、この公演では「ワーグナーの指示どおりの楽器編成にこだわったので、楽器のイメージを伝え、わざわざヤマハの管楽器部に作ってもらった」とあります。ということは、いつもは普通のホルンなんですかね?どんな楽器かさっぱりわからないのですが、念のため原語の意味を説明しました。あまり自信がありません。ちなみに、これは「ワルキューレ」のフンディングの場面でも使われているようなので、白水社の対訳には解説があるようです。
・Wehe!はしょっちゅう出てくる単語です。「お〜い」とかでもいいかもしれませんが、「ぎゃあ」とかいう感じでもあるので、ここは「変事だ」とか「大変だ」とかで気分を出してみました。
・上記に関連してですが、ハーゲンの扇動の手法は、「大変だ」と言って民衆をびっくりさせてから、「さあ、痛飲しよう!」と笑わせ、ブリュンヒルデの告発により、また「大変だ!」とパニックを煽ります。こうやって極端な心理状態を何度も続けさせられると、人は正常な判断ができなくなるわけで、ハーゲンはそれを狙っていることが明らかです。
・家来たちが、みんな自分で武具を調達してやって来る所は文字通りの「封建時代」な感じがします。私は、これを聴くと「いざ鎌倉」という感じがします。鎌倉時代には、北条政子とか巴御前とか「女傑」がいるので、そのイメージにもピッタリです。この頃はドイツで「ニーベルンゲンの歌」が書かれた時代と同時代ですね。
・ハーゲンがブリュンヒルデのことを「freislich」と言っているセリフがあるのですが、この単語は辞書にありません。また、関連する単語からも意味を類推できません。確か「トリスタン」にも一度だけ出て来て、どうしてもわからないので文脈から推測した記憶があります。「また出てきた」と思って、他の日本語訳を見てみても、それぞれ意味が違う訳で良くわからなかったのですが、ハッと思ったのは、これは実は、preislichではないかということです。そう思って辞書を見ると、古語で「賞賛に値する」とあるので、やはりこれでしょうね。気付いてみると「コロンブスの卵」みたいな感じです。PとFを間違えたのかとも思ったのですが、2回も出てくるとなると何かあるのかも知れません。やっぱり、よくわからないですね。
・ハーゲンは「ヴォータン、フロー、ドンナー、フライア」と「ラインの黄金」の神々の名前を久しぶりに出しますが、これは、ギービヒ家が「ヴォータンを中心にした多神教」の信者であることを物語るものにほかなりません。これは私見ですが、思うに「指輪」には「神話としての時間」と「現実の時間」があり、「神話としての時間」は「ラインの黄金」以来、何百年またはそれ以上過ぎ去っているのですが、「現実の時間」はせいぜい50年です。(コペンハーゲン・リングは「50年前」と読み取っているようですが、これは「現実の時間」として納得のいく解釈だと思います。)これについては、また別途、考えてみたいと思います。
・Metは「蜂蜜で醸造した酒」とあるのですが、ここは「食前酒」としてみました。
・男たちが笑いだしてハーゲンに言う「ハーゲドルンは刺さないぞ」というのは、もちろん「ハーゲン」とのシャレです。「ハーゲ」は「生垣(ハーグ)」の複数形、「ドルン」は「トゲ」です。意味を保ちながらダジャレにできなかったため、やむを得ず言葉を補いました。
ブリュンヒルデ到着の直前、ハーゲンは「姫君を守れ」と部下に言い、「誰かがあの方の心を傷つけようものなら、すぐに報復するのだ!」と言います。Leidには「危害」という意味もあるのですが、一般的な「悲しみ」とか「つらさ」とかいう意味合いで、このように訳しました。「誰かが」というのは完全に付け足しですが、ジークフリートを殺す作戦の一環で言われている言葉なので、許されるでしょう。
・最後の合唱のWillkommenは、はじめはブリュンヒルデに「ようこそ」、グンターには「おかえり」としました。

さてさて、最後に全体として考察してみたいのですが、ハーゲンはリーダーとして人望を得ていることが、この場面で浮き彫りになります。男たちは「あの怖いハーゲンが」と言いますが、信頼感が無ければ、面と向かってそのようなことは言えません。ギービヒ家のことは、おそらくほとんど彼が仕切っているのでしょう。だからこそ、男たちは、ハーゲンが陰謀をめぐらしているなどとは思いもよりません。
これを自分の身に置き換えてみると当然で、私が○○社の部長だとして、ハーゲンは社長を支える副社長(かつ弟)であるわけです。しかも、その仕事ぶりは「鬼のハーゲン」と言われるほどだが、実直で業績を上げるため部下の人望は厚い。事件発覚後、「まさか、あの人が・・・」と絶句してしまうに違いありません。
でも、このあたりはなかなか面白いところで、人それぞれ陰謀をめぐらしているのに、私だけがそれに気がつかない「ジークフリート状態」かもしれません(笑)。この前も触れましたが、このへんはシェークスピアの悲劇に近いですね。