「トリスタン」の脇役たち

「オペラ対訳プロジェクト」上に、「トリスタン」のプロローグを載せていただきました。昨年の夏に「トリスタン」を訳しながら、このオペラの人間関係を自分なりに整理した結果、こんなものになったという感じです。

http://www31.atwiki.jp/oper/pages/495.html

このストーリーの中では、最終的にトリスタンを裏切る「メロート」という人物について、想像をふくらませています。
まあ、色々考えたわりに、結論として見ると「曲がったことの嫌いな真面目な人」という面白くもおかしくもない人物像にしかならなかったのですが・・・。
私の解釈のミソは、トリスタンはイゾルデとのいきさつを婉曲に親友メロートに相談したが、「まずお国のことを思え」と忠告されて、アイルランドに出かける決心をする、ということです。
メロートからすれば、「我ながら正しい忠告だった」と思っていた所を、船が帰ってきたときに「あの二人、大丈夫だったかなあ?」と注意深く見ていたら、やはり、できているではないか・・・何とケシカラン!という想定です。
ちなみに、ブランゲーネは、「みんなが浮かれているときに、一人探るようにあなた方を見つめていたメロートに気をつけて!」(第2幕の冒頭)と正しい忠告をしていますが、あのバタバタ騒ぎの中で、彼女はよくそんなことまで気がついたものだ、といつも感心してしまいます(笑)
そんなわけで、メロートがトリスタンを裏切るのは「正義感」のゆえだと思うわけですが、その「正義」のゆえに親友を裏切るか?という問題は変わりません。ですから、第2幕の最後にトリスタンが触れるように「美女イゾルデを手に入れたトリスタンへの嫉妬」が、その正義感の背後には隠れていると思います。「正義を旗印にした妬みの感情」というのは厄介です。
それにしても、このオペラの固有名付きキャラの中で、唯一、出典がよくわからないのが彼です。『トリスタン・イズー物語』にも、ゴットフリートの叙事詩にも確かこんな名前の人はいなかったと思います。よく調べると、わかるかも知れませんが、そこまでする価値のあるキャラでもないですかね?
なお、第3幕でクルヴェナールに負けて倒れるとき、「トリスタン!」と叫ぶ最後の言葉をとらえて、トリスタンとメロートは同性愛的関係にあったのだという解釈もあるようですが、そうすると先ほどの第2幕のトリスタンのセリフと矛盾するような気がします。ですから、あまり極端な解釈をしなくていいような気がします。

さて、残りの脇役というと、名無しの三人「羊飼い(第3幕)」「水夫(第1幕)」「舵取り(第3幕)」ですが、羊飼いは以前「訳者コメント」で触れたので除外します。
「水夫」ですが、この人はしょっぱなですから、それなりに重要ですね。でも、この歌、変ですよね〜。民謡調なのに、リズムも、調性も「あれ、あれ、あれっ?」みたいな歌なので、かなり歌いにくいと思います。(初めて全曲を聴いたときに、「何なの、この出だしの歌?」と思ったことが懐かしく思い出されます)
もう一人は「舵取り」ですが、この人は、第3幕でイゾルデを連れてくる船の舵取りですね。戦闘に合流し、4行だけ歌うのですが、何でこの人の歌が必要なのか、訳しながら、ものすごく不思議に思いました。
他の役と兼ねられないのか?と思うのですが、この人の役はバリトンで、水夫も羊飼いもテノールです。「トリスタン」には、もう一人バリトン歌手がいるのですが、何とそれは一緒に戦っているクルヴェナールです。だから、必ずこの四行を歌うためだけの歌手が必要になります。
この人はたぶん、ワーグナーで最も短い歌を歌う役でしょうね。何でこんなことしたんでしょうね??けっこうナゾです。
(メロートも、切れ切れに15行なので、かなり少ない部類に入りますが)