ヤナーチェク(2)〜利口な女狐の物語〜

前回は、ベルリン・コミッシェ・オーパーのフェルゼンシュタイン演出「女狐」について触れたのですが、この上演はドイツ語訳によっており、それを訳したのはマックス・ブロートという人です。彼は、カフカの友人としても有名で、カフカの死後、その遺稿(「城」など)を編集・出版しています。
そもそも、邦題の『利口な女狐の物語』も彼のドイツ語訳『Das schlaue Füchslein』(直訳だと「ずるい女狐」?)から来たものであり、ヤナーチェクチェコ語のタイトルでは、『女狐ビストロウシュカに起こったこと』でしょうか。
でも、私は、タイトルというのは重要なので、すでにポピュラリティーを獲得した日本語タイトルは、あまり変えるべきでないと思います。そういう意味では慣れ親しんだ『マクロプロス事件』が最近なぜか『マクロプロスのこと』になってしまっているのは、ちょっと味気ない感じがします。(それなら、なぜ『女狐』はそのままなんですかね?)
さて、フェルゼンシュタイン演出『女狐』ですが、ここでは、「テリンカ」という女性がキーワードになっています。チェコ語の台本を素直に読むと、作品の隠れた主人公たる「森番」及びその飲み友達(?)である学校教師と神父は「テリンカ」について語るのですが、彼女が誰であるのかは、あまりはっきりしません。
ブロートのドイツ語版は、森番は、テリンカに対する満たされざる恋を「女狐」に投影させたのだという解釈で、それが全編を貫いています。それはそれで一つの解釈なのですが、良く分かりすぎて、かえって観客側の解釈の余地が無くなってしまうようにも思えます。
一方、最近見たパリ・オペラ座のDVDですが、これは余り整合性を取ることなく、いわば素直にやっている印象です。全てのシーンを「鉄道の線路」というシンボルで結んでいるのですが、それ以外の人物関係には必要以上にこっていないので、私にはこれぐらいがちょうどいいかなあという感じがします。それにしてもタイトルロールのエレーナ・ツァラゴワはじめキャストが、あまりにも美女ぞろいなので目の毒(薬?)です・・・(笑)
面白かったのは、第2幕の最後のところで、ビストロウシュカ=ツァラゴワが、お腹を大きくして現れたことです。ここは本来の設定だと「婚前交渉がゴシップの種になる」ということなのですが、現代の感覚では、それぐらいでは世間の非難を浴びないでしょう。ですから、確かにこのほうが分かりやすいなあと思いました。森の動物たちは「あの子、子供ができちゃったんだってさ!」と語るわけです。こうしてキツネどうし「出来ちゃった婚」をするということですね。こういう「時代に合わせた解釈」というのが、私は実は名演出なのではないかと思います。
そのほか、演奏、歌手ともに良くて楽しめるのですが、一つだけウームと思うのは合唱ですね。肝心な第2幕の「森の合唱」にそれを感じます。いやいや、ほんとにオペラに完璧はないです。日本は合唱が盛んなので、合唱でがっくりしたことは余りないのですが・・・。(フランスの方はスミマセン)
でも、ツァラゴワと男役のミヌティヨ(と読んでいいんですかね?)の掛け合いはいいですね〜!これいつも感じるのですが「宝塚」ですよね。最近、音楽だけで聴いているのですが、ミヌティヨは映像でも理想的な男役です。「・・・歌おう!」みたいな(笑)
彼女(彼)の歌とオーケストラが、2拍子と3拍子ですれ違いながら高まっていくところなど本当にいいですね。「君を小説に書くよ、オペラにも・・・」なんていう台詞が笑えますが、音楽のリリカルさとのコントラストが楽しいです。
色々な意味で楽しめるDVDです。私の持っているのは輸入盤なのですが、日本語版はないんですかね?