リヒャルト・ワーグナーとロマン主義的世界観(最終夜)

ワーグナー生誕200年イブです。このシリーズは今夜で最終回。
やはりトリはこの場面でしょうか。リンク先は、「オペ対」動画対訳の、1951年バイロイトパルジファルはヴィントガッセン。グルネマンツはルートヴィヒ・ヴェーバーhttp://www.youtube.com/watch?v=bmcmzPs6ShI(44分10秒〜)

10聖金曜日の音楽(『パルジファル』第3幕)
 イエスが十字架に架けられた「聖金曜日」。その日、パルジファルは聖杯の領地に帰り、愛の傷を蒙って生きることも死ぬこともままならない男女を癒す。その最初の一人は、十字架に向かうイエス・キリストに対して、恋と憎しみの交錯する熱烈な感情を抱いたがゆえに、狂気のうちに2千年間、死ぬこともままならず世界を彷徨い続けてきた女性クンドリー。
この「聖金曜日の音楽」は、そのクンドリーに救いをもたらすために、パルジファルと彼を導く隠者グルネマンツが歌う歌。
 1962年のテノールのジェス・トーマスとバスのハンス・ホッターは「入神」の歌唱だと思う。ジェス・トーマスの歌声には、すがすがしい晴れやかさの中に、悔恨と憐憫の痛切な感情が入り混じり、ハンス・ホッターは、そんなパルジファルを慈父のように優しく諭していく。
今から51年も前の録音なのに、ちっとも色あせない。ハンス・クナッパーツブッシュが指揮するオケの演奏も凄く、特に後半のクライマックスで、チェロがザワザワと揺らめき、ヴァイオリンの音色がどこまでもうねるように上昇していく箇所は、草花が天に伸び上がろうとする様子をまざまざとイメージさせる。もし「音の世界遺産」というものがあるとすれば、これこそそうだろうと思ってしまう。
この作品のプロットの基であるアーサー王伝説の世界では、ヨーロッパの先住民ケルト人の伝説とキリスト教の聖者伝説とが融合している。ついに狂気から覚めて涙を取り戻したクンドリーにパルジファルが静かに歌いかけるところが、ワーグナーの最後の境地。

11 イゾルデの愛の死 フランツ・リスト編曲ピアノヴァージョン
 この曲のリスト編曲バージョンは、ピアノならではの良さがあると思う。伊藤恵さんのCDで聴くと、クライマックスの少し前の「暗転」する箇所で、テンポを落として、低音から静かに這い上がってくる表現が、えも言われず素晴らしい。
 「愛の死」を聴くと、私はなぜか、クライマックスのあと、音の波が少しずつ遠ざかっていく時に、その都度「安堵感」のようなものを感じてしまう。「世界はいつまでも続くんだな」みたいな。桜の散り際に、もののあはれを感じる日本人の無常感とも相通じるような気が。
 ワーグナーは、その作品世界で、人々が自然と分かちがたく結びついていた「原初の国」への憧憬を表現しているが、この点に「ロマン主義的世界観」の核心があると思う。時が移り去っても人間の精神が永遠に再生し続けることへの祈りにこそ、今もこれだけワーグナーの作品が、人々の心に強く訴えかける秘密があるのではなかろうか。