「トリスタン」のなぞ(4)

トリスタンとイゾルデ』という作品で面白いことは、最初はイゾルデが主人公として主導権を握っていたのに、第2幕で「死ねばいいのかい?」とトリスタンが歌ってからは、ひたすらトリスタンの心理に全てが集中してしまうことです。
第3幕の長い長いトリスタンのモノローグなどは、男性の心理そのものなので、多くの女性には何が何だかわからないのではないかと思います。「なんでこのひと、こんなに長々とグチるの・・・?」みたいな(笑)
でも、私は、このモノローグが大好きなんですよねえ・・・。ホント困りものです。
バイロイトのジャン・ピエール・ポネルの有名なプロダクションでは、第3幕の最後になってもイゾルデはやって来ず、全てが死に行くトリスタンの夢ということになっていますが、これは、この物語の核心を捉えた素晴らしい演出ですね。そもそも、ワーグナーの台本自体に、「イゾルデは来なかったのではないか?」と思わせるディテールがたくさんあります。
私が思うに、あの魅惑的な『イゾルデの愛の死』とは、イゾルデが実際そこにいようがいまいが、「死に際に男性の耳に聴こえてくる子守唄」なのです。言い換えると、「自分が死ぬときに女性にこう歌ってほしい」という男の願望が具現化したものなのです。
これほどまで、男性の想いというものが前面に押し出された芸術作品というのは、もしかしたら、空前にして絶後かもしれません。でも、女の人はどうすればいいんでしょうかね?これは異論があるかも知れませんが、女性にとっては「トリスタン」という作品は、完全には理解できないものにとどまるのではないでしょうか?
逆に言えば、女性にとって本当に面白い部分というのは、実はこのオペラが始まる前に終了していて、せいぜい第1幕がその残り香を残しているということなのかも知れません。