「トリスタン」のなぞ(1)

今日もNHK・FMで「パルジファル」を聴いています。第2幕の藤村実穂子さんのクンドリーが登場したところです。
昨日も「トリスタン」を最後まで聴きましたが、イレーネ・テオリンさんの「愛の死」はなかなか良かったですね。来年、新国立劇場ブリュンヒルデを聴く予定ですので、今から楽しみです!
ところで、「トリスタン」で私がずっと良くわからなかったのは、なぜトリスタンは、イゾルデをマルケ王の妃として迎えに行くかということでした。これに対しては、マルケ王は彼に跡を継がせようとしているものの、宮廷内にもそれに反対する勢力があるので、彼の立場上やむを得なかったというのが一応の公式回答です。
しかし、そうだとしても、もともと彼がイゾルデに想いを寄せているとすると、やっぱりおかしな気がします。ふつう断るんじゃないのだろうかと・・・。
今回、トリスタン全文を訳してみてたどり着いた私の解釈は、「アイルランドにイゾルデを迎えに行く時点では、トリスタンはイゾルデについて、それほどは深い想いを抱いていない」というものです。彼女の許嫁モロルトとの決闘で瀕死の重傷を負ったトリスタンは単身アイルランドに乗り込み、イゾルデの治療を受けます。しかし、自らが治療している当の相手が仇敵トリスタンであることに気づいたイゾルデは、トリスタンに向けて剣を振り上げますが、じっと自分をみつめる彼の眼差しに打たれて断念し、そのまま彼を故国へ帰します。
ここで、イゾルデが、すでにこの時点でトリスタンを恋していたことはほぼ疑いないと思うのですが、トリスタンのほうはどうだったのでしょうか?私の考えでは、彼がイゾルデを見つめたのは、まずは「生きたい」という激しい願いのためだったと思います。故国に帰還しても、イゾルデが命の恩人だという意識は当然持っていたし、その美しさに魅かれてもいたと思います。しかし、それは意識の水面下にあって、まだ認識するには至らなかったのではないでしょうか。そうだとすると、マルケ王の花嫁としてイゾルデを迎えに行くナゾの行動が理解できます。
トリスタンが愕然とするのは、アイルランドに乗り込み、イゾルデに再会した時、「イゾルデが」彼に恋していることを彼が感じた時です。しかし、もはや段取りは整っており、もはや取り返しはつかない・・・そこにこの物語の悲劇性の端緒があります。
なぜこう考えるに至ったかの一つの理由は、第1幕でも第2幕でもイゾルデは、「前から想っていた」と取れる発言を繰り返すのに対し、トリスタンのほうは、どこまで行ってもそのような発言がないからです。第1幕はともかく、第2幕はイゾルデと二人っきりなので、もっとはっきり言い切って良いはずですが、それがありません。(続く)