クプファー氏の演出について(2)〜新国立劇場「パルジファル」第2幕

第2幕では、性的なイメージが喚起されます。前回初めて見た時には、よく分からない部分もあったのですが、改めて見ると、セリフに応じてきちんとした意図が込められていることに好感が持てました。
舞台後方の救いの道の方向に向かって、クリングゾルが槍を持って倒れているのは第1幕冒頭と同じですが、今回、彼は、オレンジ色の炎が燃えているかのような「メッサー」の上部に立って、銀色の槍を股の間から立てるので、メッサーの先端と相まって二重に男根の寓意と見えます。次にその槍を深淵に向けて突き立てると、クンドリーが舞台の底から現れます。この登場の仕方は、ちょっとホラーっぽい感じもあります。
性的な寓意は、このあとクリングゾルがクンドリーに槍を突き刺すようなシーンもそうですし、この幕の後半でパルジファルが「その槍で苦しめたのは誰です」と言うと、クンドリーがまた槍を突き立てるような所作をします。だから、かなりあからさまな含意なのですが、ある意味、文脈通りの理解なので、それほど露骨というわけではないように思います。クリングゾルのロバート・ボーク氏も良い演技と声で、本当に穴のないキャスト陣です。
さて、パルジファル登場から花の乙女までの音楽は、LEDパネルを使った色彩効果が幻想的で美しかったです。パルジファル登場の場面は濃い緑色に彩られて、奥の二等辺三角形が横に倒されたようなスクリーンにも、海藻を思わせるようなウネウネした緑色が映っています。花の乙女の箇所では、赤青黄の色とりどりで、こちらも幻想的。花の乙女達のダンサーの衣装は、アラビアンナイト風(?)なのかとも思ったのですが、一方でコスプレ風のようでもあり、露出度高めで、全体の中ではちょっと浮いている感じ。重唱は、ピットの中の歌手が別に歌っており、申し分無かったです。
面白かったのは、花の乙女たちの歌の後半になると、乙女達の姿は舞台装置ごと沈んでしまって、パルジファルだけが取り残されて頭を抱えています。ここから推測するに、この乙女たちも、パルジファルの妄想というか煩悩の中から発生してきた存在に過ぎないという解釈ではないかと感じます。
パルジファル!」と呼びかけるクンドリーは、緑色のドレスに身を包み、回転するメッサーの上に乗って、手前に迫ってきます。ここでもメッサー大活躍。なかなか面白いアイディアです。
それにしても、ここから幕切れまで、ヘルリツィウスさんの歌唱は、みごとの一語でした。
「幼な子」では、パルジファルに走り寄るヘルツェライデを描写するところで、ヘルリツィウス=クンドリーは、フランツ=パルジファルを胸にかき抱きます。内気に逃れるパルジファルを見るクンドリーの横顔は、あまりにも誘惑的で妖艶。これは男性はたまらん所ですが、だからこそ、パルジファルの無垢ぶりが際立つ場面でもありました。
口づけのシーンは、メッサーの上で二人が折り重なって行われ、LED板が炎に染められるのが実に印象的です。パルジファルが「アン・フォール・タス!」と音節ごとに切り離して発声し、特に「タス!」の所を、音を弱めて、実に切なく歌うのが印象的。この演技はフランツ氏ならではのものと感じました。
クンドリーのヘルリツィウスさんが余りにも絶好調なので、つい書き忘れそうになるのですが、パルジファルのフランツ氏も声自体に演技力があり、深みのあるパルジファル。初めはおずおずとしつつも、やがて聖者らしさが備わり、次第にクンドリーが防戦を強いられるようになってくる変化が、ひたひたと伝わってきます。
サウンド面で特筆すべきは、悔悟したパルジファルが、愛餐のモチーフに乗せて「Erlöse!Rette mich!」と歌う所のオケの音色でした。ここのチェロとイングリッシュホルンが重なり合った、ややくすんだ愛餐モチーフの音色が、実に心に染み入るような音色でした。それを受けるホルンも、また素晴らしく、記憶に残るような素晴らしい効果を立てていました。
クンドリーが自らの過去を語り始める「lachte!(笑ったわ)」の絶叫の後、ヘルリツィウスさんは、ハッとしたように口を押さえますが、これはオーソドックスな演技。
(ここでふと気づいたので余談ですが、これに前後する「あの人を」の所で鳴らされるティンパニの3連符を含む連打は、考えてみると『指輪』でヴァルハラを表す音楽と類似しているので、この大文字のIhnで意図されている「彼」が「神」であることが音楽的にも明示されているのでしょう。また、これと同じような『指輪』モチーフからの引用が、「ただひと時でもあなたと一つにならせて。神様と世界はあたしを追い払うだろうけど」のクンドリーの歌唱メロディーにもあります。このメロディーは、『ジークフリート』第3幕末尾の「愛の挨拶」モチーフと類似しているのですが、ここでのテーマはまさに愛なので、これも意図的なものだと思います。)
ヘルリツィウス氏の絶唱は、舞台前面に座ってパルジファルに「あたしがたっぷりと愛を込めて抱擁すれば」と呼びかけるあたりでした。鼓膜に歌声が直接ビンビン響くような凄い迫力で、今でも響いてくる感じです。
最後に、薄暗い舞台の中で舞台後方にクリングゾルが現れ、槍を投げますが、その槍はいつしかパルジファルの手元にあります。すごい雷の音が鳴り響き、舞台後方スクリーンと床のLEDパネルも、稲妻一色になってしまいました。この映像的大スペクタクルの効果も結構良かったです。